P&Gのビジネス戦略を支える、「CMK」とは?

マーケティングの根幹「インサイト」のプロ

65の主要ブランドを世界約70カ国で展開する世界最大級の消費財メーカー、P&Gの存在感が年々増している。競合ひしめく消費財の各分野で成長を続けている大きな要因は「Consumer is Boss」を企業戦略とし、深い消費者理解に基づくビジネスを展開している点にある。そのカギを握るのが「CMK」と呼ばれるP&G独自の職種だ。マーケターとは違う、その実像に迫る。

戦略策定から効果測定までコミット

P&Gと聞いて何を思い浮かべるだろう?

ファブリーズ? アリエール? あるいはスキンケアの「SK-II」だろうか? もちろんこれらの商品を思い浮かべる人も多いだろうが、ビジネス文脈で見ると少し違う意見もあるだろう。それは「マーケティングに強い」ということ。最近では、P&Gで培ったマーケティングスキルを武器に各所で活躍する人が増え、各メディアでも取り上げられているほどだ。

だが、優れたマーケターがいれば利益が出るのかといえば決してそうではなく、各部門のプロフェッショナルが役割を果たしてこそ。P&Gにはビジネス戦略を屋台骨から支える、独自の精鋭部隊がいる。それが、CMK(Consumer & Market Knowledge)だ。日本語にすると「消費者市場戦略本部」。マーケティングと近い職種だが、役割は異なる。

CMKの組織図イメージ。労務管理上の所属はCMKになるため、CMKの上長との面談等はするが、実務ではビジネス単位のチームに所属して役割を果たす

2000年に入社しCMKとして活躍した後、現在はジェネラルマネージャーとしてSK-IIブランドを統括する荒尾麻由氏はこう説明する。

「CMKが設置されたのは私が入社する2年ほど前でした。その前身としてMRD(Market Research Department)という調査部門があったのですが、当社には『Consumer is Boss』という理念があり、消費者の意見やニーズを中心としたビジネスの意思決定をしていくために、調査部門を社内戦略コンサルタントのような形に進化させたのです」(荒尾氏)

CMKが外部の戦略コンサルタントと異なるのは、ビジネスの上流工程である戦略を立案した後もコミットを続け、場合によっては修正を図ることだ。理論を振りかざすのではなく、手を動かして成果の創出まで関与することにCMKの仕事の醍醐味がある。しかも、若手のうちから上位のマネジメントクラスと同じ目線で議論ができることも特徴の1つだろう。

では、具体的にどんな業務を行っているのか。例を挙げると、P&Gには「セーフガード」という中国やフィリピンで長い期間にわたりシェアナンバーワンを維持しているせっけんブランドがある。だが歴史があるブランドゆえに、数年前には時代の潮流とのズレが生じていた。ユーザーの中心である中国の母親たちの子育てに対する考え方に、大きな変化が起きつつあったのだ。荒尾氏はその変化を感じ取り、手を打った。

荒尾麻由氏
P&G SK-II グローバルヴァイスプレジデント日本事業統括、CMK/BA統括
さまざまなブランドにCMKとして携わり、現在はシンガポールを拠点にSK-IIブランドを統括する

「現代中国の都市部に住む母親の多くは一人っ子で、土遊びや危ない遊びは禁止されるほど大切に育てられてきました。一方で、『自分の子どもには土遊びもさせたりして、総合的に豊かな体験をさせてあげたい』と考える人が徐々に増えている時期でもありました。現代の母親たちは古い世代の価値観と自分たちの価値観のせめぎ合いで悩んでいる……、そのようなインサイトが得られたので、ブランドイメージや広告を現代の母親の考えを応援する内容に変えたところ、業績を大きく伸ばすことができました」(荒尾氏)

※インサイト:消費者が無意識的・潜在的に持っている心理や行動の動機。これを理解することで、消費者の反応を予測し、本質的に解決したいニーズを探ることができる

ベンチャー気質の大企業

CMKの具体的な仕事は前述のとおりだが、まだCMKとマーケティングの違いがつかめない人もいるだろう。日本市場のアリエール、ボールドというランドリー部門全体を統括するディレクターの内田竜氏は次のように整理する。

「消費者とのコミュニケーションをわかりやすく例えると、まず市場からさまざまな情報をインプットして、それらを起点にアイデアをまとめて、消費者に届くようにアウトプットしていきます。そのときのインプットがCMKで、アウトプットがマーケティングとなります」

インプットがズレていれば、アウトプットもズレるのは自明だ。ビジネス戦略の根幹を担う重要な部署だが、この部署ではどのように育成がされているのだろうか。内田氏は入社時、驚きの連続だったと振り返る。

「私は中途入社ですが、日本法人の神戸本社に入り1週間トレーニングをしたら、すぐ現場に配属されました。P&Gは研修が充実している企業として知られていますが、トレーニングで得る知識と実務で身に付ける知識の両輪が重視されています。研修内容は多岐にわたり、かつユニークで、例えば仮説を立てて分析し、アクションを起こしていくトレーニングでは、シャーロック・ホームズが事件を解決していくプロセスに沿って解説されていました」(内田氏)

内田竜氏
P&G アジアパシフィック ファブリックケア ジャパンマーケット CMK ディレクター
日本市場におけるランドリー(アリエール、ボールド)全体をディレクターとして統括する

内田氏が最初に担当したのは洗剤ブランド、アリエールの日本市場におけるチャネル別戦略だった。トレーニングを積みながら実務に打ち込んで1年半後、早くも大きな機会がやってきた。定性的なインサイトの発掘と統計的なデータ分析の双方から戦略を立案し、P&Gジャパンの社長の前でプレゼンして企画を通したのだ。

その結果、新たな戦略を展開した販売チャネルでは二桁成長を達成。この実績が評価されて内田氏は入社わずか2年でシンガポールへ赴任し、アリエールブランドで新商品の企画やマーケティング戦略を担当することになった。このスピード感、そして戦略を確実に実行する豊富なリソースにP&Gの強さがある。

「背伸びしないとできないプロジェクトをどんどん若手に任せていくという風土がある一方、充実したトレーニング体制と、わからないことは上司が相談に乗ってくれる環境があります。さらに言えば、動かせる予算も大きい。そういう意味ではベンチャーと大企業のいいとこ取りをしたような場所といえます」(内田氏)

すべてのビジネスに役立つCMKの視点

P&Gは組織のダイバーシティーにも特徴がある。荒尾氏が率いるチームには国籍や性別、年齢、専門性のバックグラウンドで非常に多様な人々が集まり、それが強みとなっている。

「例えば日本という国の捉え方は、日本人、日本に住んでいる外国人、外国に住んでいる外国人、というだけで大きく異なります。物事をさまざまな角度から見ることで、アイデアが本質に近づいていきます。また、文化的に同質的な集まりでは『こんなことはできない』と暗黙の了解になっていることも、異文化の人が『なぜできないのか?』という疑問を投げかけることで新たな突破口になることも多いです」(荒尾氏)

荒尾氏は現在、SK-IIブランド全体を統括する立場となり、購買体験におけるイノベーション創出や業務のDX(デジタルトランスフォーメーション)に取り組んでいるが、ここでもCMKの経験が役立っているという。

「私たちは生活消費財メーカーですが、ともすれば売り上げやテクノロジーにとらわれて、消費者の存在を忘れてしまうことがあります。CMKはそんな消費者の意見を反映させつつ、しかもビジネスを成長させるという企業の現実も理解して、両者の折り合いをつけていく役割を担います。つまり、本来は相いれない両者を理解し、組織に理解させたうえで最良の意思決定を行い、ビジネスを成長させていくのがCMKの仕事。ユーザー視点のビジネスビルディングを学びたい人には、本当によい場所だと思います」(荒尾氏)

生活に根差す消費財を、文化の違う世界各地で販売し成長を続けるのは至難の業だ。P&GではCMKとマーケティングが異なる専門性を持ち寄ることで、消費者とのコミュニケーションを極限まで効率化させ、ビジネスを前進させている。

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