災害大国・日本の「意外と知らない洪水対策」

「巨大地下神殿」の正体と荏原製作所の貢献

首都圏外郭放水路 庄和排水機場の巨大水槽。写真提供:国土交通省江戸川河川事務所 長さ177m×幅78m×高さ18m
温暖化による水害リスクの高まりに伴い、雨水排水ポンプ施設の重要性が増している。洪水対策に欠かせない全国各地の排水機場にポンプシステムを納入しているのが、今年創業108年を迎えた荏原製作所だ。同社は今年、長期ビジョン「E-Vision2030」を打ち出して、ESG経営やSDGsへの貢献に取り組む姿勢を改めて鮮明にした。創業以来、社会貢献を続けてきた同社の取り組みを追った。

河川の流域を守る“地下神殿”の正体

利根川や荒川、江戸川に挟まれた、埼玉県東部を主とする中川・綾瀬川流域。その地形から「スープ皿」とも呼ばれる洪水多発地帯の地下50mに、長さ6.3kmの「首都圏外郭放水路」があることをご存じだろうか。大雨が降って洪水の危険が迫ると、流域の河川から内径約10mの巨大放水路(トンネル)に水が取り込まれ、ポンプ場に設けられた放水路および調圧水槽を介して江戸川に排水される。この調圧水槽は巨大な柱で支えられており、どこか荘厳な雰囲気が漂う。メディアでも“地下神殿”としてたびたび紹介されているので、目にしたことがある人もいるだろう。

この放水路ができたことで、流域の浸水被害は大幅に軽減された。記録的な流入量があった2004年や、19年の台風15号、19号の際も氾濫は起きなかった。流域住民の生命と財産を守る守護神が、地下の巨大空間にいるかのようだ。

放水路に取り込まれた水は最終的に江戸川へと排水されるが、地下深くに取り込んだ水を地上へ排水するのは容易ではない。首都圏外郭放水路では、4台の巨大なポンプが1秒間に最大200m3(25mプールの約1杯分に相当)の排水を可能にしている。この量を一瞬で排水するポンプシステムを提供しているのが、荏原製作所だ。

首都圏外郭放水路 庄和排水機場
首都圏外郭放水路 庄和排水機場にある4台の巨大なポンプ

巨大さでいえば大阪に、大型ポンプ6台で毎秒330m3という日本最大級の排水量を誇る毛馬排水機場もある。ここでも、同社納入のポンプが活躍している。もちろん超大型のシステムばかりではない。全国には大小さまざまな排水機場があり、そのうち1000カ所以上で荏原製作所のポンプが導入されている。

さらに河川対策以外にも、都市部における雨水の排水、農地の湛水防除(※1)などの場面でもポンプは活躍する。荏原製作所は、まさに日本の水害対策の要を担っているといっても過言ではない。同社風水力機械カンパニーでシステム事業部長を務める喜田明裕氏は、ポンプの重要性をこう語る。

「地球温暖化に伴い、洪水のリスクは増しています。今年7月に発表された社会資本整備審議会(※2)の答申では、気温が2度上昇すると、降雨量は1.1倍、河川流量は1.2倍、そして洪水の発生頻度は約2倍になるとして対策が考えられています。日本はもともと河川が急勾配で、洪水が起きやすい国です。近年さらにリスクが増す中で、当社の排水ポンプが果たすべき役割は大きい。今後も業界を牽引する立場で、技術開発を継続していきます」

荏原製作所のポンプは、全国1000カ所以上の排水機場で活躍している

社会と産業のインフラを支える3つの事業

実は、ポンプは荏原製作所の祖業だ。1912年、外国製のポンプばかりだった時代に、創業者の畠山一清とその恩師である井口在屋・東京帝国大学教授が共同で立ち上げた、いわば大学発ベンチャー企業がその始まりだ。代表執行役社長の浅見正男氏は、当時のポンプの役割を次のように解説する。

取締役 代表執行役社長
浅見 正男

「大正当時、主な用途は農業や灌漑でしたが、近代化により都市部に水を届けるインフラ整備が課題でした。それを支えたのが当社のポンプです。1923年の関東大震災では、堤防の水路が決壊し、東京への水の供給が止まりました。当社はこの事態に事前に寄付したポンプ8台で即応し、水道の復旧と、火災の拡大や悪疫の発生の防止に貢献しました。この対応は、海外からも高く評価されました」(浅見氏)

製品やサービスを通じて社会に貢献する――。その思いは、後に展開されるさまざまな事業にも引き継がれていく。例えばポンプの技術から発展した冷凍機は、高度経済成長期に建設ラッシュだったビルの冷房設備を支えた。また東京のゴミ問題が深刻化した60年代には、ゴミ焼却場の建設、運営管理を中心とした環境プラント事業を拡大。今では、ゴミを燃やした熱を利用して発電する事業まで手がけている。さらに80年代には、半導体の分野にも進出。ドライ真空ポンプやCMP装置などで、半導体の製造をインフラ面から支えた。現在では世界の名だたる半導体メーカーに半導体製造装置やそのサービスを供給して、高い評価を得ている。

荏原製作所のオフィス1階に鎮座する、巨大なポンプ。その迫力に圧倒される

ポンプ、コンプレッサ・タービン、冷凍機、送風機などを手がける風水力事業、ゴミ焼却施設に関わる環境プラント事業、半導体市場を中心とした精密・電子事業。私たちが普段、荏原製作所の製品を直接目にする機会は少ないが、生活に欠かせない重要な役割を担っている。荏原製作所の歴史は、縁の下の力持ちとして世界の社会・産業インフラを支え、社会課題の解決に寄与し続けてきた108年といえるだろう。

「世界6億人に水を届ける」という壮大な目標

同社は今年2月、今後10年で目指す姿を描いた長期ビジョン「E-Vision 2030」を発表した。浅見氏は、その意図についてこう語る。

「まず思い描いたのは、2100年の地球です。国連の予測によると、その頃には世界の人口が110億人に達し、とくにアフリカが現在の4倍になる。また気候変動で食料や水といった資源が枯渇するなど、さまざまな問題が起きるでしょう。

私が就任以来掲げてきたスローガンは、『技術で、熱く、世界を支える』。創業の精神『熱と誠』とつながるものです。今まで当社がやってきたことを、世界の人口増加地域に提供すれば、より豊かで持続可能な社会をつくれるはず。その大きな方向性を踏まえて、この先10年間で当社が目指すべき姿を定めたのが『E-Vision 2030』です。具体的には、ESG経営に取り組みながらSDGsの実現に寄与することで、社会・環境価値と経済価値をともに向上させていきます」

同社は「E-Vision2030」の中で、「持続可能な社会づくりへの貢献」をはじめとした5つの重要課題を掲げ、具体的な数値目標に落とし込んだ。例えば「CO2約1億トン相当(※3)の温室効果ガスを削減」。これはポンプやモーターの高効率化による電力削減、排ガス処理装置による温室効果ガスの処理など、具体的な技術を基に算出された数値目標だ。

荏原製作所を貫く「熱と誠」の精神は、これからの同社をつくっていく若手社員にもしっかりと引き継がれている

さらに印象的なのは、「世界で6億人に水を届ける」というもの。スケールの大きな話だが、「グローバル市場で、標準ポンプのシェアを5%伸ばせば達成できる」(浅見氏)という。半導体分野でも、「14Åへの挑戦」(※4)という目標を掲げる。IoTやAIがより社会に浸透していく今後、半導体はさらなる高度化と微細化が求められる。荏原製作所は、その先陣を自ら切ろうとしているのだ。

「壮大な目標を掲げていますが、これらを達成するにはまず、足元を見直して収益性を高める必要があります。成熟した事業はしっかりと収益が出るように改善したうえで、標準ポンプなど海外で成長が見込める事業にさらなる投資をしていきます。また同時に、新事業のタネを探して育てていく。これらを意識して事業ポートフォリオの最適化に取り組んでいきます」(浅見氏)

熊本・球磨川のような被害を少しでも減らすために…

市場の成熟化により、国内のポンプ事業はそれほど成長余地の大きな分野ではない。一方で、気候変動により激甚化する台風や大雨、雨量の増加により、水害を防止する重要性は年々高まっている。老朽化が進んだ設備の更新、増設は増えるだろう。そんな中で浅見氏は「事業の収益改善を図り、その需要を継続的にサポートしていく」と語る。

「洪水発生時には、堤防に並んで排水するポンプ車の映像がメディアで流れますが、報道されている以外にも排水や給水のためにたくさんのポンプが動いています。熊本県を中心に大きな被害を出した令和2年7月豪雨でも、当社のポンプは現地で稼働を続けていました。避難所の冷凍機が故障したときには、担当者が夜中に駆けつけて修理をしました。インフラの維持は目に見えにくく難しい仕事ですが、当社の社員は皆、そうして社会を支えることにこそやりがいを感じている。この情熱を絶やさないよう、収益性を高めることが経営者としての務めだと考えています」

力強くそう語った浅見社長の表情には、「熱と誠」をもって長年社会課題に取り組んできた企業の矜持がうかがえる。2030年の荏原製作所は、ありたい姿を実現できているのか――。引き続き注目だ。

>荏原製作所を貫く「挑戦」の志

※1 排水条件の悪い土地において、主に農作物に対する水害(湛水被害)を未然に防止すること。
※2 国土交通省の諮問機関
※3 日本の年間電力使用量を発電する際に出るCO2の、約20%に相当
※4 1Å(オングストローム)=100億分の1m

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