コロナ後キャリアは「自分で決める」が鍵な理由 「幸せ」に、年収・学歴より影響することは?
――サイボウズでは、2月末からいち早く、ほぼ全員在宅勤務に切り替えたとか。社員の皆さんの反応はいかがでしたか。
青野 サイボウズは「100人100通りの働き方」があるべきだと考え、一人ひとりが自由に働き方を決められる人事制度を2018年から採用しています。もちろん在宅勤務も選べます。
コロナ禍前から、オフィスに出社する社員は約7割ほどでした。会議もハイブリッドで、リアルに集まりたい人は集まって、リモートを選ぶ人はリモートで参加する形。当時はそれでいいと思っていたんですが、実際はリモートだと声が聞こえづらかったり場の雰囲気をつかみづらかったりして、オフィスとリモートで情報格差があったんですね。今回「全員リモート」になったことで、初めてこのことに気づきました。今後も、こうした点を改善したうえで「会議は全員リモート」を基本とするつもりです。
移動時間が減った分、組織としての生産性はかえって上がったのではないでしょうか。社員アンケートの結果を踏まえると、コロナ収束後は5割程度の出社率になりそうです。
西村 コロナ禍は、それまで当然だったことを見直す機会になったと思います。組織のために働くということに何の疑問も抱いていなかった人は、とくにそうですね。それまでの働き方は、自分にとって本当に必要なのか。そうした視点で再評価すれば、組織と自分の関係も変わってくるでしょう。
一方、組織の課題も浮き彫りになりました。日本の組織は「同質であること」を重視する傾向にあり、多様性に乏しい。組織に多様性があれば、何か起きたときにも誰かが解決策をひねり出すことができますが、多様性がない組織だと全員で同じ間違いをしてしまう。今回もそうした事情で、意思決定が遅れた組織が多かったようです。
青野 結局、「答え」は誰にもわからないんですよね。例えばアフターコロナ、ウィズコロナでどのように振る舞えばいいのか、企業も正解を知りません。それなら一人ひとり、働く本人が考えて決めればいいじゃないかというのが私の考え。置かれた状況はそれぞれ違うんだから、全員一律に出社しろというのも、出社するなというのもおかしい。「自己決定」がサイボウズの基本です。
自己決定は「学歴の8.7倍・所得の1.4倍」幸福度に影響
西村 自己決定は重要ですね。2018年、同志社大学の八木匡先生と一緒に、20~70歳の日本人約2万人を対象に幸福度の調査をしました。その結果、「所得」「学歴」「自己決定」などの条件のうち、幸福感に最も影響を与えているのは「自己決定」だとわかりました。私たちが定めた指数でいうと、自己決定の影響の強さは、学歴の約8.7倍、所得の約1.4倍あったんです。
所得よりも自己決定の方が強い影響力を持つというのは、意外かもしれません。世帯年収の階級別に、幸福感の弾力性(変化率)を調べたところ、「1100万円」をピークに減少することがわかりました。世帯年収1100万円までは、収入が増えるにつれて幸福度も上がります。しかし1100万円を超えると、収入の増加は幸福度にそれほど大きく影響しなくなるのです。
この調査では進学や就職などに関する自己決定を数値化しましたが、自己決定の影響が大きいのは働き方も同じでしょう。勤務地や労働時間を自分で決めると、生産性が高まり、成果を達成する可能性がより高くなります。その結果、達成感を得たり自尊心が高まったりして、幸福感につながると考えられます。
青野 自己決定が幸福感につながるのはよくわかります。日常生活の中だって、いろいろな選択肢がある中で自分の好きなもの、事情にあったものを選べるほうがうれしいですもんね。
自己決定した結果、間違えることもあるでしょう。実はサイボウズは、配属先の部署を自分で選ぶことができます。しかし新入社員は会社のことをよく知らず、希望するべき部署を間違えたり、1年以内に配属し直したりするケースもあります。でも、間違うことも学びです。一時的に混乱したり不幸を感じたりしても、自己決定を積み重ねるうちに、幸福に近づいていけるはずです。
西村 これだけ社員個人の自主性を重んじながら、会社としての評価づけはどのように行っているんですか?
青野 給料の面でいうと、全社員に「自分のほしい給料とその理由」を言ってもらっています。何も思考していなければ「5億円ほしい」と思うでしょうが、本気で自分のキャリア、そして社内外における市場価値を考えていれば、適した額とその理由が見えてきます。そこを会社側と社員がしっかり考えたうえで、互いの折り合いがつく金額に設定しています。
西村 なるほど。一方、全員が自己決定しなければいけないという考えもまた画一的で、間違っていますね。組織は、全員に無理に自己決定させる必要はない。自己決定できる人も、しない人・できない人も、それぞれによさがあるんですから、適材適所で人を活かすことが大切です。
青野 そうですね。気づきにくいですが、「選ばないこと」も自己決定です。例えば、今日僕が着ている洋服は社員に指定されたもので、同じものを6着持っています。洋服を自分で選ばないのは、ファッションにまったく関心がなく、今日は何を着たらいいかと考えるだけでつらいから。こだわりのないところはほかの人に従うということを、自己決定したわけです。働き方でいえば、「職種は営業にこだわるが、勤務地はどこでもいい」「働く時間帯は自分で決めたいが、給料にはこだわらない」などの意向もありで、それぞれが幸せなんだと思います。
自己決定できる人は「内省」を習慣化している
――個人が働き方やキャリアについての自己決定力を高めるには、どうすればいいでしょうか。
青野 まず、つねに複数の選択肢が存在することに気づいたほうがいいでしょう。例えば、自分の本意ではない転勤を突然命じられたとします。本当は断る選択肢があるのに、日本人は「会社の命令だから」と従って、ほかの選択肢を見て見ないふりをしてしまう人が大多数。「拒否すると会社にいられなくなる」と思うかもしれませんが、それなら、辞めるのも1つの選択肢です。異動のような大きな話でなくても、日常からすべての選択肢について考えることが、自己決定のトレーニングになるはずです。
個人側だけじゃなく、会社側の考えも大事です。サイボウズでは、会社の方針について社員が気づいたことがあれば、すぐにフィードバックしてもらう。そして間違えていたと思ったら方針転換します。自分の意見が次の意思決定に反映されるかもしれないとなれば、社員も会社について本気で考えるようになる。そうして、現場も経営も一体になって前に進んでいくのがサイボウズです。逆に、一度決まったことは変わらないという環境では、社員の自主性は育ちにくいのではないでしょうか。
西村 自己決定できない人は、そもそも自分が何に縛られているのか気づいていないと思います。キャリアに主体性、オーナーシップを持つには、自分を縛るものを知ることが第一歩。具体的には、副業や趣味、ボランティアがお勧めです。本業以外の世界を持てば、それまで気づかなかった本業でのしがらみが見えてきます。そのしがらみこそが自己決定を邪魔するものですから、まずそこを明らかにするのがいいでしょう。
青野 同時に、しっかり内省することも大切です。いくら選択肢があっても、どれを選んだら自分が幸せになれるか、という答えは自分の中にしかありません。自己決定できる人は、自分が本当に欲しいものを知っている人。内省し自分を振り返る習慣をつけるといいでしょう。
西村 そうですね。私は加えて、利他的な考え方を身に付けることをお勧めします。逆説的に聞こえるかもしれませんが、利他ではない利己は、大抵うまくいきません。人や社会のためになることは何かと考えて働くことが、結局は自分の利益、そして幸福感につながっていくのではないでしょうか。
対談後、「人々が『はたらく』を自分のものにするには?」というパーソルキャリアからの質問に対し、回答をフリップに記入していただいた。
青野社長は「自分を知る」、西村教授は「人のために動く」。一見相反する内容に見えるが、他者のために行動することは自分を知ることにつながり、また逆も然りだ。対談の最後にあったように、世界を広げて自分を知ること、内省し自分を振り返ること、そして利他的な発想を大事にすること。これらが自己決定に必要であるということがわかる。