AIアカデミックフォーラム2020 AI活用ができる人材育成と大学の役割とは何か
主催:日本マイクロソフト株式会社
共催:東京大学未来ビジョン研究センター 一般社団法人AIデータ活用コンソーシアム
Greeting and Opening Talk
マイクロソフトコーポレーションのアレキサンドロス・パパスピリディス氏は、日本を含むアジア太平洋地域の教育機関を対象にしたアンケート結果を示した。それによると、対象地域の教育機関の70%以上がAIに関して、導入を始めたばかりか様子見といった状況であり、産業界のAI活用の取り組みとは大きな開きがあるという。その要因として、教育機関独特の文化や保有するデータ量の多さがあると指摘した。
一方で、イタリアのミラノ工科大学での学生間のスキルギャップを埋めるシステムや、オーストラリアのニューサウスウェールズ大学での学生の質問に答えるBotなどのAI活用事例を紹介した。また海外では、論文検索や画像認識などの技術も教育機関に導入されつつあり、「日本の大学も教育分野にいかにAIを適用していくかを検討してほしい」と話した。
基調講演
AIと教育/人材育成 大学のあり方、注力すべき技術分野
東京大学の越塚登氏は、今後は農業などさまざまな分野でAI活用が必須になるとし、そのためには初等、中等教育においてコンピューターサイエンスの教育を行うべきと指摘した。
また、課題として日本の大学生数は60万人ほどで米国の3分の1程度だが、その中でコンピューターサイエンスを学ぶ人は年間1万人ほどと、米国の6分の1以下しかいないことを挙げた。
このような状況で日本が今後戦うためには「what to make(何を作るか)」より「how to make(どう作るか)」、例えば、数万台のサーバーを安定的に運用するバックエンドのプラットフォームが競争力になるとした。そのうえで、「少数精鋭で戦うためには、全方位的に注力するのは現実的ではない。国家戦略としてコンセンサスを取り、大学における教育も柔軟に対応すべき」と提案した。
特別講演
AI研究開発政策の動向
文部科学省の橋爪淳氏からは、日本政府が進めるAI研究開発政策の動向について説明があった。第5期科学技術基本計画では、「超スマート社会」実現を目指す「ソサエティ5.0」構想を掲げている。2019年6月にはさらに「AI戦略2019」も発表された。
「AI戦略」では「人材育成」「研究開発」「社会実装」が3つの柱になっており、文部科学省は「人材育成」「研究開発」を担うことから全省を挙げて取り組んでいるという。さらに、AIを社会に実装していくためにはオールジャパンでの推進が不可欠とし、産官学全体の連携が重要だと話した。
AI最前線セッション‐1
世界をリードするAI研究と人材育成への挑戦
理化学研究所の杉山将氏は「AIの領域で日本は存在感が薄くなっている」と危機感を語った。さらに、最先端のAI研究の取り組みとして、正のデータとその信頼度の情報から、負のデータがなくても正と負に分類できる「弱教師付き学習」の研究が紹介された。負のデータを収集できない、あるいはラベル付けのコストが高いといった課題の解決が期待されるという。
一方で、理化学研究所ではAI研究者の人材不足のために海外での採用も積極的に行っていると実情を話し、「日本が世界の土俵に乗って人が循環するところ(エコシステム)に入らないといけない。そのためには海外から人を呼ぶだけでなく、海外に出て行くことも大切」と指摘した。
AI最前線セッション‐2
AIの視る世界
京都大学の西野恒氏は、コンピュータービジョン、すなわち「コンピューターに視覚を持たせる」研究に一貫して取り組んでいる。セッションでは、コップなどの物体を見ただけで、ガラスやプラスチック、金属などの素材を認識する研究や、AIで人混みの動画を学習し、人の動きを予想する研究、光伝搬の可視化により、泳いでいる魚など水中の物体の実時間3次元撮像を可能にする研究などが紹介された。
Microsoft AIセッション
AI for Good with Microsoft AI
日本マイクロソフトの中井陽子氏は「AIは人類に対して恩恵をもたらすと同時に、使い方を誤ると非常に危険な可能性もある」と話す。倫理面も含めて、AIを正しく使うことが大切だという。
マイクロソフトでは、AIで社会課題の解決を目指す「AI for Good」と呼ぶ取り組みを進めている。具体的なプログラムとしては、災害対策・児童保護・難民の保護・人権意識の奨励などに取り組む「AI for Humanitarian Action」、障がいのある人への自立と生産性の向上の支援を行う「AI for Accessibility」、農業・水資源・生物学的多様性・気候変動などの課題に取り組む「AI for Earth」、文化遺産の保全と活用に従事する個人や組織を支援する「AI for Cultural Heritage」で、ソフトウェアAPIの提供のほか、助成金の提供も行っているという。
セッションでは視覚障がい者に代わり、カメラが周囲の状況を読み上げるアプリ「Seeing AI」のデモプレーも行われた。
パネルディスカッション
AIの社会実装とAI人材の育成に向けて必要なこと
――大学とAIエコシステム
フォーラムでは、講演・セッションを行ったパパスピリディス氏、杉山氏、西野氏の3人に、NTTデータの木谷強氏、大阪大学の石黒浩氏、内閣官房の田丸健三郎氏を加え、東京大学の江間有沙氏がモデレーターとなってパネルディスカッションも行われた。
テーマは「1.社会:人間中心社会とデータ駆動型社会~これから求められる社会像や人材像とは?」「2.方法:社会構築と人材育成の場や工夫~大学や産業界の役割とは?」「3.行動:課題と今後のアクション~今日からできることや連携の可能性とは?」の3つである。
2019年には内閣府が「人間中心のAI社会原則」を策定した。一方でデータ駆動社会の発展に伴う個人情報保護のあり方も問われている。テーマ1では、AIによる利便性の高いサービスを享受するためにはプライバシーを犠牲にする必要があるが、その線引きは容易ではなく、国や地域、文化によっても考え方が異なるという意見も出た。
テーマ2では、それを担う人材をどのように育てるべきかが議論された。複数のパネリストから、技術だけでなくリベラルアーツなど教養教育が重要であり、大学に求められる役割も大きいと期待が語られた。
テーマ3では、課題解決に向けた具体的な行動について意見が交換された。国内外の産官学が連携するとともに、グローバルな研究者、スタートアップ企業などとのエコシステムを構築することが大切とされた。一方で国内には40代、50代の層が充実していることから、これらに向けたリカレント教育(社会人の学び直し)の機会を増やすことも求められているという声も上がった。
フォーラムは5時間以上に及ぶ充実したものだったが、パネルディスカッションではこのような議論を単発で終わらせず継続していくことが大切だと確認し合った。