「食材腐らせる」失敗、何度もやってしまう理由 敗因は「冷蔵庫を見える化」できていないこと

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食品ロスが大きな社会課題になっている。農林水産省(※1)によると、日本の食品ロスは年間約643万トン。この課題に冷蔵庫から取り組んでいるのが、ハイアール傘下のアクアだ。消費者のニーズに応えつつ、どのようなアプローチで社会課題を解決しようとしているのか。同社の取り組みを追った。(※1)出典:「食品ロス量(平成28年度推計値)」

食品ロスの背景はライフスタイルの変化

日本の食品ロス量は年間643万トンに達するが、実はそのうちの半分近くが家庭で発生していることをご存じだろうか。家庭系食品ロス量は291万トン(2016年度)で、前年より2万トン増えている。

背景にあるのは、ライフスタイルの変化だ。父が働き母は専業主婦という世帯が中心だった時代は、食べるその日に食材を買い、家で調理するスタイルが一般的だった。しかし、共働き世帯の増加や核家族化によって、食品をまとめ買いし、食材の下ごしらえや調理を済ませた後に冷蔵庫で保存する生活にシフト。買いだめや作り置きが増えれば、冷蔵庫に食品があふれて埋没し、腐らせるリスクが高まる。食品ロスが増えるのも当然だ。

執行役員
代表
吉田 庸樹氏

アクアがこの問題を強く意識したのは、3年前だった。同社のルーツは三洋電機。ハイアールへの事業譲渡後、日本市場向けの冷蔵庫と洗濯機の企画販売会社として設立された。親会社のハイアールはユーザーリサーチを熱心に行うことで知られ、アクアも新商品の企画時には何度もリサーチを実施。三洋電機時代から続く伝統だが、冷蔵庫と洗濯機の専業になったことで、より深掘りすることができるようになったという。

リサーチの結果、浮かび上がってきたのが「無駄をなくしたい」という声だ。同社代表の吉田庸樹氏は、消費者のニーズの変遷をこう明かす。

「以前は省エネへの関心が高く、あとは冷凍スピードの速さなど便利な機能を求める声が多かった。腐ったら捨てればいいという考えも根強く、食品ロスはテーマに上がってきませんでした。しかし3年ほど前から、『廃材を出さず効率的に家事をしたい』という声が強くなってきました。そこで私たちも、これはメーカーとして取り組まなくてはいけない課題だと気づいたんです」

霜取り運転などで冷凍庫内の温度変化が繰り返されると食材の水分やうま味が抜けでてしまう。アクアの「おいシールド冷凍」はこれを防ぎ、おいしさを保ったまま長期間の保存を可能にする

冷蔵庫のブラックボックス化を防げ

食品ロスを防ぐにはどうすればいいのか。まず思いつくのは、鮮度保持の機能を強化して食品を腐りにくくすることだろう。ただ、冷蔵庫企画グループディレクターの山本陽護氏が掲げたのは、別のアプローチだった。

商品本部
冷蔵庫企画グループ ディレクター
山本 陽護氏

「ハードウェアのスペック追求はメーカーとして当然のことですが、市場ニーズに本当の意味で応えるには、これまでにない考え方が必要。そこでたどり着いたのが、『見える』冷蔵庫でした。どこに何があるか見えれば、食品を忘れる、見逃すといったリスクを減らせると考えたんです」

そのコンセプトから生まれたのが、2020年1月に販売を開始した「デリエ」シリーズだ。最大の特徴は野菜室にある。野菜室は冷蔵室の下にあり、この2つは透明な強化処理ガラスで仕切られている。これなら野菜室を開けなくても、状態が一目でわかる。なんとも斬新なデザインだが、実はデリエの前に伏線があった。

「デリエの1つ前に発売したシリーズは、冷蔵室の中に野菜室を置きました。野菜室を独立させないデザインは業界のタブーでしたが、ユーザーからは『一度に庫内が見えて効率的に使える』と好評でした。その経験があったので、冷蔵室と野菜室を強化処理ガラスで仕切るデザインも受け入れてもらえる自信がありました」(山本氏)

「デリエ」は、冷蔵庫の扉を開けた瞬間に野菜室までしっかり見える斬新な設計。使いかけの野菜をうっかり忘れて腐らせる……という悲劇も減りそうだ

もちろん、ハードウェア面でも食品ロスを防ぐ工夫がなされている。注目は「おいシールド冷凍」だ。冷凍室はドアの開閉や霜取り運転のたびに温度が変化する。温度の上昇を繰り返すうちに、食材が、俗に「冷凍焼け」と呼ばれる乾燥状態を引き起こしてしまう。この温度変化を抑制するのが「おいシールド冷凍」だ。

アクアでこのようなイノベーションが生まれた経緯を、吉田氏は次のように明かす。「買いだめや作り置きのニーズに応えるには、食品をたくさん保存できる設計にしなければいけません。一方、保存する量が増えれば、それだけロスのリスクも高まります。大量保存と食品ロス削減という相反したテーマを同時に解決するには、おいしく長期保存できる技術が不可欠。そこで、研究開発部門に経営資源を投資しました」。

ユーザーの悩みにじかに触れる研究開発部門

難しいテーマに、研究開発部門も奮起した。困難なテーマが上がってくると拒否反応が起きてもおかしくないが、「難しい課題があるほど燃えるのが当社のエンジニア。とくに冷蔵庫はブレークスルーが少ない商品なので、むしろ『新しいチャレンジができる』と積極的だった」(吉田氏)

本気で挑戦できた理由の1つは、研究開発部門が日本国内にあることだろう。冷蔵庫は国や地域の気候・文化によって仕様が大きく異なる。例えば中国では温かい飲み物が好まれるため一般的に製氷機はなく、欧米では住宅に備え付けられていることから色・形のバリエーションが少ない。こういった事情から、ハイアールグループは研究開発部門を各国・地域ごとに置いている。アクアの研究開発部隊は日本に拠点があり、エンジニアがユーザーリサーチにも参加。ユーザーの悩みにじかに触れてきたからこそ、開発にも力が入った。

企画や開発が市場に近いと、ニーズを素早くすくい上げ、商品をタイムリーに市場に出せる。一般的に冷蔵庫のフルモデルチェンジは企画から発売まで約3年かかるが、デリエは2年弱で発売にこぎ着けた。

吉田氏はすでに、次の展開も視野に入れている。

「社会課題を解決するカギの1つに、IoTが挙げられます。ただ、時代のトレンドだけ追ってやみくもにIoT機器を提供しても、それがユーザーのニーズにマッチしなければメーカーの自己満足に終わってしまいます。われわれの提供する商品・ソリューションが、いかにユーザーの生活や業務をより快適にまた効率的にできるのかを敏速に見極めながら、商品開発に取り組んでまいります」

日本では今後、さらなる少子高齢化や共働きの割合増加が予想される。食品ロスは、企業と生活者が二人三脚で取り組んでいくべき重要課題といえよう。

>「おいしさが見える冷蔵庫」Delie(デリエ)シリーズ