燃料電池車が切り拓く「水素社会」の未来 モビリティの新技術を安全面からサポート

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トヨタ自動車で「MIRAI」の開発を担う田中義和氏とUL Japan代表取締役社長の山上英彦氏に、「水素社会の実現」をテーマに対談してもらった
次世代のエネルギーとして期待されている水素。その牽引役になっているのがFCV(燃料電池自動車)だ。FCVが普及すれば水素社会は前進するが、新しい技術の黎明期には安全性の確認が欠かせない。トヨタ自動車でFCV「MIRAI」の開発を担い、MS製品企画 ZFチーフエンジニアである田中義和氏と、安全性に関わる規格策定やコンプライアンスのソリューション提供を行う米国UL社の日本法人、UL Japan代表取締役社長の山上英彦氏に、水素社会の実現をテーマに語り合ってもらった。

――なぜ今エネルギーとしての水素が注目されているのでしょうか。

トヨタ自動車
MIRAI開発責任者
MS製品企画 ZFチーフエンジニア
田中義和氏

田中義和氏(以下、田中) 日本は、発電などに必要なエネルギー供給の9割以上を海外の化石燃料に頼るエネルギー自給率の低い国です。そのため、安定供給を行える代替エネルギーとして、従来は原子力に期待が集まっていました。しかし原発事故が発生してからはその安全性が議論され、さらなる代替エネルギーが模索されるようになっています。CO2を排出しないという点では、風力や太陽光などの自然エネルギーも注目されていますが、発電量が気候などにより左右されるため、ばらつきがあるうえに、電気はためたり、運んだりすることが難しいという課題があり、自然エネルギーを普及させるためには対策を行う必要があります。

そこで、注目を集めているのが水素です。水素は宇宙で最も豊富に存在している元素で、化石燃料とは異なり、エネルギー資源供給の面で不安が少ない点が魅力です。製造手段も複数あり、例えば、水を電気分解して作ることが可能です。この特性を生かせば、自然エネルギーで発電した電気で水を電気分解し、水素にすることで、ためたり、運んだりすることが可能になります。水素は、エネルギーキャリアとしての役割も期待されています。

UL Japan
代表取締役社長
山上英彦氏

山上英彦氏(以下、山上) 私たちULは、認証はもちろんのこと、規格の策定団体でもあり、北米では燃料電池分野の安全規格の策定にも携わっています。日本は、水素をためたり運んだりする技術に優れ、燃料電池分野の特許出願数は世界一*。日本と同じようにエネルギー資源の乏しい国々は、日本の技術に大きな関心を寄せています。そのため、今後私たちの知見が生かせる分野も広がっていくのではないかと考えています。
*水素・燃料電池に関する 経済産業省の取組について」(令和元年5月、経済産業省)

田中 現在、産・官・学のさまざまな機関が水素に関わる研究開発に取り組んでいます。今年3月には、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)が建設を進めてきた、再生可能エネルギーから水素を生み出す世界最大級の施設「福島水素エネルギー研究フィールド(Fukushima Hydrogen Energy Research Field (FH2R))」が、福島県浪江町で稼働を始めました。ここの敷地内の太陽光発電の電力を用いて製造される水素は最大で年間200トン程度で、現在国内を走るすべての燃料電池自動車が1年間に使う水素の半分以上を製造することが可能となるようです。日本で開催予定の大規模スポーツイベントでも使用される予定であるとか。社会的意義が大きい取り組みで、水素社会を目指す私たちも非常に励みになります。

「FCV」と「EV」は相互に補完し合う関係

――水素エネルギーの活用で真っ先に思い浮かぶのは、FCV(燃料電池自動車)です。

田中 新しいエネルギーが普及する際の条件の1つに、「なじみのあること」が挙げられます。ガスや原子力も最初はなじみが薄く、それが一般の方の抵抗感につながっていました。水素エネルギーの社会的親和性、受容性を高めるためには、まず身近なところから使っていただくことがいちばん。FCVが、そのきっかけになればいいなと考えています。

山上 確かに、自動車という身近なところから水素エネルギーになじめる機会があるのはよいですね。自動車産業としても、ガソリンという資源に限りがあることを考えると、FCVに寄せる期待は大きいのではないでしょうか。次世代のモビリティ分野では、EV(電気自動車)の開発も進んでいますが、FCVとはどのような関係になるのですか?

EVとFCV、それぞれに優位性がある

田中 新しいモビリティを開発する際にカギとなるのは、動力となるエネルギーのチャージ(充填)時間とエネルギー密度です。EVは、エネルギー密度については改善されていますが、チャージにある程度の時間を要します。それに対しFCVの「MIRAI」は、3分の水素充填でガソリン車と変わらない航続距離を得られます。

とはいえ、EVには家庭用のコンセントで充電でき、特別なインフラを必要としない優位性があります。それぞれの特性を考えると、EVは車両サイズがコンパクトで航続距離が短い都市内走行向き、FCVは大きな車両で遠距離を走り、短時間での燃料供給で対応可能なトラックやバスなどの商用向き。どちらか一方だけがよいという話ではなく、補完し合う関係であると考えています。今年3月には日野自動車さんと燃料電池(FC)大型トラックを共同開発し、現在はその実用化に向けた取り組みも進めています。

地域ごとの安全基準や規格に合わせることが重要

――新しい技術を世に出す際には、安全性が厳しく問われます。「MIRAI」の場合はどうだったのでしょうか。

田中 安全基準作りには大変苦心しました。既存の国際規格もありますが、それさえ満たせば完璧だという話ではなく、お客様に安心して乗ってもらえることが第一です。とはいえ際限なくケアをしていくと、使いにくいオバケのような車になってしまう。製品を作る担い手として個人的に、「もし自分の家族が乗るならどうか」という観点を大事にしていました。

年内に発売が予定されている次期「MIRAI」

山上 個人の感覚としての安全という観点には私も同感です。製品の安全性に関する基準について言えば、世界中で同じというわけにはいかず、規格も「人」が作るものですからね。そういった意味では、製品の安全性に関する基準は、国や地域によっても異なります。例えば電気でいうと、アメリカは木造建築が比較的多いため、漏電による火災を防ぐための規格になっている。それに対してレンガの建物が多いヨーロッパでは、商用電源電圧が200V系と比較的高く、火災よりも感電しないことを優先して規格が作られています。

また近年では、安全性のみならず、環境や無線などの規制に対する要求についても国や地域で考え方や対応の仕方が異なります。製造や流通などに関わる事業者は、地域の行政や住民と情報を共有し、商品やサービスの安全性について話し合うリスクコミュニケーションがいっそう求められるようになっています。

ULは昨年125周年を迎え、北米マーケットにおいては長年にわたるお付き合いをしてきました。もともと北米の電気に関する規格開発や認証に強みを持つ会社ですが、M&A戦略で地域や分野を拡大し、現在は日本国内をはじめ、グローバルのあらゆる規格やコンプライアンスに対応できる体制を整えています。

田中 当社も創業以来、製品安全に対してはつねに真摯に向き合ってきました。2011年の東日本大震災の際には、大規模な停電で電気が使えない状況の中、当社のハイブリッド車の電気で携帯電話の充電をしたという事例がありました。携帯電話などのほかの電化製品と接続することを考えれば、車も一般家電の安全基準をクリアしたものであることが望ましい。ULさんのような第三者機関から、電気安全の観点からも安心というお墨付きをもらえれば、説得力は高くなります。ULさんが新しい技術の安全基準作りにも積極的であることは、非常に心強いですね。

FCVとインフラは「花とミツバチ」の関係

水素ステーションとFCVは、「花とミツバチ」のような相互補完的な関係

――水素社会の実現に向けた課題を教えてください。

田中 水素社会の実現にはFCVの普及が欠かせませんが、そのときよく問題になるのが水素ステーションの数です。水素ステーションとFCVは、よく「ニワトリと卵」の関係に例えられます。要するにどちらが先かという話をされることが多いのですが、より近いのは「花とミツバチ」の関係であると思っています。ミツバチが多くいれば花粉が運ばれて、花が咲く範囲が広がり、それによってミツバチも蜜を取れるようになる。つまり相互補完的な関係であると考えています。「MIRAI」は発売から5年経ちましたが、グローバルでまだ1万台強です。出荷台数をさらに伸ばすことで、インフラとの相乗効果を高めていきたいと考えています。

年内に投入予定の新しい「MIRAI」はそれを踏まえ、まずお客様に選んでいただける魅力的な車を目指しました。デザインを刷新、5人乗りとなり、航続距離も向上します。いずれ水素社会が実現したとき、「ターニングポイントになったのは、あのFCVだったよね」と言われるようになれば本望です。

山上 水素ステーションを普及させるには、利便性の向上と同時に、安全性の担保が欠かせません。ULはすでに北米で日本メーカーが水素ステーションを建てる際のコンプライアンス対応のお手伝いをしており、今後は日本国内でも貢献していければと考えています。もちろん燃料電池の分野でも引き続き日本企業をご支援し、水素エネルギーが広く使われるよう、陰ながら支えていきたいですね。

グローバル展開を成功させる地域ごとの安全基準や規格をチェックする