4月開始の電子申請義務化に準備できている? 紙ベースの労務業務から今すぐ卒業すべき理由

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資本金1億円超の法人を対象に、2020年4月1日から雇用保険や社会保険の一部手続きの電子申請義務化がスタートする。これは、政府のIT活用による行政手続きの効率化の一環として実施されるが、企業にとっては労務業務のオペレーションを見直す絶好の機会だ。そこで、ポライト社会保険労務士法人マネージング・パートナーの榊 裕葵氏に押さえておくべきポイントや実際の導入方法、そして今後想定される展開を聞いた。

電子申請義務化の裏にある「のっぴきならない」事情

――2020年4月1日からスタートする電子申請義務化の概要と、確認しておくべきポイントについて教えてください。

 電子申請が義務化されるのは資本金1億円超の企業です。義務化の対象となる手続きは雇用保険の資格取得や資格喪失、社会保険の算定基礎届や月額変更届など発生頻度が高い、または定期的に発生する手続きが中心です(下図参照)。

企業がとくに確認しておくべきポイントは2つあります。第1は、自社が、具体的にいつから電子申請義務化の対象になるか。というのも4月1日から一斉に義務化されるのではなく、4月1日以降で「自社の事業年度」の初日が義務化開始の対象日だからです。

第2のポイントは、義務化の対象となる手続きの範囲です。企業によってはなじみが薄い手続きも一部義務化の対象になっています。例えば、高年齢雇用継続給付支給申請、育児休業給付支給申請などです。どの手続きが義務化されるのかチェックしておきましょう。

――電子申請の対象であるにもかかわらず、紙で申請した場合の罰則はあるのでしょうか。

ポライト社会保険労務士法人
マネージング・パートナー
榊 裕葵
(さかき ゆうき)

 現在はとくに罰則はありませんが、「電気通信回線の故障や災害などの理由により、電子申請が困難と認められる場合」には「電子申請によらない方法により届出が可能」と厚労省が示しています。そのため、裏を返せば、そういったやむをえない理由がないにもかかわらず電子申請を行わなかった場合、電子での再申請を求められるようになるでしょう。私見になりますが、運用開始直後は、「やむをえない理由」についてはゆるやかに運用し、「人事担当者がパソコン勉強中で……」といった理由も温情的に認められる可能性が高いと思われますが、徐々に運用が厳しくなっていくはずなので、先手先手で準備を進めていくことをお勧めします。

――電子申請義務化には、どのような社会的背景があるのでしょうか。

 今回の電子申請に限らず、日本はデジタル化対応が遅れていることへの危機感があります。労働人口の減少が避けられない中、生産性の向上を図る必要がありますが、わが国ではITを活用した行政手続きの効率化が諸外国に比べ遅れているといわれています。そこから脱却すべく、行政手続きのオンライン化や添付書面等の撤廃などを目的とするデジタル手続法が2019年5月に成立したことをはじめ、国を挙げてデジタルガバメントの構築に取り組んでいます。社会保険や労働保険の電子申請義務化も、その大きな流れの中の一環として行われています。

――企業の電子申請の利用状況はいかがでしょうか。

 従来、社会保険や労働保険関係の電子申請の割合は非常に低く、利用率が1割を超えない時期が続いていました。電子政府の総合窓口e-Gov(イーガブ)が設置され、各種申請ができるようになっていましたが、操作の難易度が高く電子申請が普及しなかったのです。しかし15年にイーガブがAPI連携に対応したことで、目下、電子申請の利用率が向上している傾向にあります。例えば、雇用保険の主要手続きに限れば、すでに3割が電子申請に移行しています

※総務省 平成30年版『情報通信白書』より

ソフトを活用して担当者の負担軽減を

――電子申請を行うには、具体的にどのような準備をすればよいのでしょうか。

 電子申請を行うにはまず、自社で行うか、社労士事務所にアウトソーシングするかの選択肢があります。自社で行う場合は、3通りの方法があります。それはイーガブでの直接申請、民間企業が提供するソフトウェアを経由したAPI申請、複数の行政サービスを1つのアカウントで利用できる認証システムであるGビズIDを利用した申請の3つです。

それぞれを比較すると、イーガブによる直接申請は操作が複雑でハードルが高く、GビズIDは20年4月1日にスタートするためどんな仕組みになるのか未知数な部分が多い。これらを踏まえると、確実性が高く負担が少ない民間のソフトを経由したAPI申請を軸に考えるのが最も現実的ではないかというのが私の意見です。とくにクラウド型のソフトを活用すると社員情報の収集から社内の人事マスタの作成、そして電子申請まで一気通貫で行えるメリットもあります。

また、ソフトの準備とは別に、電子申請のデータに添付する電子証明書(電子署名)も取得しておく必要があります。なお、目下は電子証明書を用いた電子申請が主力になりますが、政府の方針として、将来はGビズIDを用いた電子申請方式に一本化されるので、今のうちに取得しておくとよいでしょう(取得は無料)。

――電子申請のメリットは?

 業務の効率化に尽きます。電子申請を行うことで、役所に行くための移動時間や、窓口での順番待ちの時間から解放されます。また、HRテックのサービスを利用すれば人事マスタからそのまま電子申請ができるので、「転記」や「入力」の手間も省くことができます。人事労務担当者がテレワークをできるようになるなど、働き方の多様化にも貢献するでしょう。

ただし、HRテックを導入すれば魔法のように自動的に申請ができるわけではありません。感覚的には7~8割効率化できますが、専門的な判断が必要な作業は残ります。例えば社会保険の資格取得の申請では、その従業員がどの標準報酬の等級に当たるかを担当者が判断して申請しなければなりません。将来的にはAIが発達して自動化率が高まると思いますが、現時点ではHRテックを導入したからといって、今までベテランがやっていた仕事をいきなり新人に任せるようなことまでは難しいでしょう。しかし、HRテックを導入することで、新人が仕事に習熟するスピードが上がり、新人教育の手間も大幅に削減できることが期待できます。

――電子申請義務化の対象は今後、拡大していくのでしょうか。

 将来的には資本金要件が引き下げられ、いずれすべての企業が電子申請義務化の対象になると思われます。対象となる手続きの範囲も、徐々に広がっていくことは間違いないでしょう。最終段階としては、政府が認定したクラウドに企業が情報をアップロードすれば、国が自らその情報を閲覧し行政上の処理が完了するという構想もあります。電子申請が非常に便利だと認識されれば、対象企業でなくとも次々と導入が進んでいくのではないでしょうか。