「エアコンのサブスク」アフリカで始まる衝撃 大企業から引っ張りだこのベンチャーの正体
最後の巨大市場として大きな可能性を秘めるアフリカだが、政治や経済の情勢が不安定でインフラが整わない地域も多く、ビジネスを展開するのは決して容易ではない。しかし、そんなアフリカ市場を果敢に開拓する日本のスタートアップ企業がある。東京大学関連ベンチャーのWASSHA(ワッシャ)だ。
アフリカでは、いまだ電気のない場所で暮らす人が多くいる。WASSHAは、その大部分を占める農村部の未電化地域に電気を届けようと、2015年からタンザニアでLEDランタンのレンタル事業を展開。ビジネスとしての意義や可能性、同社が持つネットワークに高い注目が集まっており、大手商社をはじめとする名だたる企業から出資を受けている。
WASSHAのビジネスモデルとは、いったいどんなものなのか。タンザニアには、日用品などを取り扱う「キオスク」と呼ばれる小型店舗がどこにでもあるという。WASSHAは、そのキオスクにLEDランタンと、充電に使う太陽光発電パネル、専用の決済アプリをインストールしたスマホを無償で貸し出している。
ただ、LEDランタンは充電済みでもロックがかかっていて使えない。スマホの専用アプリを使って1回25円(1日15時間分)でロック解除用のパスコードを入手しなければならないのだ。このロックを解除したランタンを、キオスクオーナーは客に25円で貸し出して投資を回収。さらに、1カ月の売り上げの十数%を手数料としてWASSHAから受け取ることができる。大卒の月給が4万円といわれるタンザニアにおいて、多くて2万円の手数料を受け取る店もあるというから、キオスクにとって稼げるビジネスになっているというわけである。
片道1時間かけて「スマホを充電」の手間もなくなる
このランタンで、スマホを充電できるのも大きな特徴だ。タンザニアでは携帯電話の普及率が約8割を超えるが、3人に2人が未電化地域に暮らすため、片道1時間以上もかけて電気が通る村にスマホを充電しに通う人が多くいるという。その手間を考えれば、自宅でランタンを使って充電できるのは大きな魅力だ。
すでに、このランタンビジネスに参加するキオスクは、タンザニア国内で約2000店舗に上る。ランタンで夜間営業できるようになった店が増え、これまで真っ暗だった通りが明るくなり、現地スタッフの間では“WASSHAストリート”と呼ばれているという。WASSHAは、20年度中に5000店舗を目指す計画だ。
そして今、WASSHAと空調大手のダイキンが、協働でアフリカ事業を進めている。エアコンのサブスクリプション事業だ。
世界150カ国以上で事業を展開するダイキンは、これまでも開発途上国へ積極的に進出してきた。アフリカでも独自に市場開拓を進めており、戦略経営計画「FUSION20」では、20年度中にアフリカと中近東における空調事業売上高を900億円以上にすることを目標としている。
そんなダイキンのアフリカ進出を、「エアコンのサブスク」事業が大きく後押しするのではと期待されている。同事業を担当するダイキン工業グローバル戦略本部 営業企画部の朝田浩暉氏はこう話す。
「19年11月から、WASSHAと『エアコンのサブスク』の事業化を目指して実証実験を開始しました。人口約5700万人のタンザニアでは、まだエアコンが1%ほどしか普及していません。中国・韓国メーカーのエアコンが主流なのですが、せっかくエアコンがあっても使われていないことが珍しくないのです。
安物のエアコンの電気代が高すぎるのと、壊れて修理されずにほったらかしにしてある『ゾンビエアコン』が多いからです。修理のインフラが整っていないためですが、設置済みエアコンの7割くらいが使われていない。そうした現状をなんとか改善したいと考えています」
グローバルの未成熟市場に「サブスク」モデル展開へ
朝田氏は、タンザニアに赴任前、ダイキンを辞めて起業することを考えていたという。それを上司に話したところ「アフリカに行ってみないか」と提案があったのだ。アフリカ、しかもエアコンのサブスクという新しいビジネスモデルの構築ならばゼロから挑戦ができる。そう考え、今は日本とタンザニアを行き来する生活を送りながら、チラシ1枚で営業活動に取り組んでいる。
「サブスクのため、エアコンの本体代金はかかりません。初期費用として必要なのは取り付け工事代と保証料のみ。購入の場合に比べ費用は10分の1ほどで済み、エアコン導入のハードルは大きく下がります。しかも、省エネ性能が高いダイキンのエアコンであれば電気代を約半分にでき、故障した際の修理にも対応できます」
客がエアコンを使うときは、スマホアプリを通して使用料を前払いする。支払うとパスコードが送られてきて、それを入力するとリモコンの操作ができエアコンが使えるようになる仕組みである。このスマホアプリは現在開発中で、ここにWASSHAの独自技術が生かされる予定だ。使用料は1日150円ほどを想定している。
「実際やってみると、いろんな問題が出てきます。今はまだアプリを開発中のため集金が必要なのですが、初めに納入したエアコン4台のうち3台は、お客さんからの集金に苦しみました。設置したにもかかわらず、お客さんが使用料を払ってくれない。設置しただけではビジネスになりませんし、エアコンが無駄になってしまいますので、取り外させてほしいとお願いに行くと、取り外さないでくれと何時間も泣きつかれてしまいました。しぶしぶ取り外しを認めてくれたかと思えば、エアコンのリモコンを握りしめて走ってどこかに行ってしまったこともありました。
ただ、以前にエアコンを使ったことがあるお客様の反応はよく、中でも小規模店舗に需要があることがわかってきました。今儲かっているスマホショップや、精肉店や衣料品店などの店内に砂ぼこりが入らないよう入り口を閉め切って営業している店舗はエアコンの導入を検討してもらいやすい。今後は24年までに5万台の導入を目指したいと考えています」(朝田氏)
さらにダイキンは、このサブスクモデルをグローバルに拡大することを検討している。これまでは開発途上国といえどもある程度の所得がないと購入層になりえなかったが、ユーザーの初期費用を抑えられるサブスクであれば、より低所得層にもエアコンを使ってもらえるということだろう。
国際エネルギー機関(IEA)によると、世界のエアコン需要は20年から50年の30年間で3倍に増加するという。現在、開発途上国で普及しているエアコンの多くは省エネ性能が低く、このまま需要が拡大すると環境への影響が懸念される。そうした市場において、初期費用が抑えられるサブスクモデルで省エネ性の高いエアコンが普及すれば、生活の質が向上するだけでなく、環境への貢献にもつながる可能性がある。
「現地ではWASSHAの社員さんたちとご飯を食べたりしながらよく夢を語り合うのですが、WASSHAストリートがあるのなら、われわれもダイキンのエアコンがズラリと並ぶ“ダイキンストリート”をつくるぞと話しています(笑)。もしタンザニアで成功すれば、ほかのエアコン未成熟市場にも、ダイキンの環境負荷が小さい空調で快適なくらしを提供できる可能性が高く、事業の意義は大きいと考えます」(朝田氏)
タンザニアの先には、さらに広大な地平が広がっている。はるかなるフロンティアを突き進む東大ベンチャー・WASSHAとの夢ある共同事業が、この先どんな展開を見せるのか。今後もぜひ注目したい。