伸びる企業の共通点「脱・先入観」、成功例7社 タニタ「社員を個人事業主に」の本当の狙い

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労働人口の減少や働き方改革の推進、ライフスタイルの多様化などを受け、私たちの働く環境は今、大きく変化している。副業・兼業やテレワークなど働き方の選択肢も広がりつつある一方で、働く個人が「主体的に働き方を選択する」風土はいまだ育っていない。これまでの日本で長く続いてきた「雇う」「雇われる」という上下関係の中では、一人ひとりが生き生きと働ける環境は育ちにくいのが現状だ。

議論を呼んだ、タニタの「社員を個人事業主に」施策

「雇う」「雇われる」という一方的な関係性に異議をとなえ、「働く人が主人公となる職場づくり」に光を当てるべく始まったのが、リクルートキャリア主催の「GOOD ACTIONアワード」だ。第6回を迎えた今回も、学習院大学副学長/経済学部経営学科教授の守島基博氏、SAPジャパン人事戦略特別顧問のアキレス美知子氏、慶應義塾大学特任准教授の若新雄純氏、そしてリクナビNEXT編集長の藤井薫氏が審査員を務めた。受賞企業は全7社。いずれも、これまでの労働環境における常識や先入観を覆し、目の前の課題を解決した取り組みである。

今回特別賞を受賞したのは、社員が個人事業主として独立し会社と業務委託契約を結ぶ「日本活性化プロジェクト」で注目を集めるタニタ(健康計測機器メーカー、東京都板橋区)だ。賛否両論を巻き起こしたこの仕組み、実は働き手の安定のために、かなり手厚い配慮がなされている。まず独立時の契約は3年間保証され、その後1年ごとに更新。会社側が負担していた社会保障費分を固定報酬の基礎とするため、社員時代の収入程度が確保される仕組みだ。

タニタ 経営本部 社長補佐
二瓶 琢史

自らも個人事業主となった経営本部 社長補佐の二瓶琢史氏は、プロジェクトの狙いについてこう話す。「働く人が『自分の頑張りが報われた』と感じられる環境が重要です。逆に『やらされている』と極力感じさせないよう、働き手のモチベーションを経済・精神の両面からサポートするべく、個人事業主化という選択肢を用意したんです」。

もちろん独立は強制ではなく選択肢の1つだが、飛躍のチャンスと捉える社員も多く、現在まで24名が個人事業主になっている。その1人が久保彬子氏だ。

タニタ ブランド統合本部 新事業企画推進部
久保 彬子

「どこの企業も先行き不透明な時代。『タニタは好きだけど、複数の会社で活躍できる力をつけたい』と思い始めた入社10年目に、この仕組みができました。思い切って独立してよかったのは、自分の裁量で仕事をコントロールできるため、より主体的に仕事に取り組めるようになったこと。独立後も社員時代の担当業務を継続できるので、周囲を混乱させることもありません」(久保氏)

独立の動機は、家業の承継や介護との両立など人によってさまざまだ。「この仕組みがなければ会社を辞めるしかなかった人もいます。人材の流出を防ぐという点でも大きなプラスになっています。また社員にも『タニタは、新しい挑戦を後押ししてくれる会社だ』という意識が広がったように思います」と二瓶氏は胸を張る。

介護の現場を「入職待ちが出る」魅力的な職場に

エーデル土山 施設長
廣岡 隆之

ワークスタイルイノベーション賞および大賞を受賞したのが、社会福祉法人あいの土山福祉会 エーデル土山(介護、滋賀県甲賀市)だ。以前は離職率が40%にもなったという同社、その主な理由は「残業」「腰痛」「メンタル不調」の3つ。

「慣習的にやっていた会議、朝礼などを簡略化して『残業ゼロ』、専用機器を導入して『腰痛ゼロ』、個人面談や勤務内容への柔軟な対応で『メンタル不調ゼロ』とトリプルゼロを達成しました。人材不足が蔓延している介護業界では、無駄な業務負荷とコストを撲滅しなければ生き残っていけません」と施設長の廣岡隆之氏。今では離職率は7~8%、残業時間は平均で年0.02時間となり、入職待ちが出るほどだという。「やり方次第で、介護施設が魅力的な職場になれるとアピールしていきたいですね」(廣岡氏)。

ソフィアメディ VMS推進本部 人材開発グループ グループマネジャー
宗 梨恵子氏(中央)

首都圏を中心に55拠点を構えるソフィアメディ(在宅医療、東京都品川区)は、現場スタッフ約700名の声を反映した職場づくりでワークスタイルバリエーション賞を受賞。2時間単位の有給休暇や育児時短制度の対象拡大(子が小学3年生まで)、公私で相談できる弁護士ホットラインなど、働きやすい環境を整備。結果、離職率は17%から5.5%(2019年9月時点)へと大幅に低下した。

人材開発グループの宗梨恵子氏は「同性カップルの事実婚への慶弔休暇や育児休暇の適用など、LGBTQのスタッフへの支援も行っています。訪問看護は、ユーザーの『生きる』を看る仕事。それに携わるスタッフの『生きる』を会社がしっかり見て、現場で本当に求められるものが何かを見極める必要があります。これからも柔軟に、制度をブラッシュアップさせていきたいです」と決意を新たにした。

「戦力になれるか否か」に障がいの有無は関係ない

グリービジネスオペレーションズ 代表取締役社長
福田 智史

同じくワークスタイルバリエーション賞を受賞したグリー/グリービジネスオペレーションズ(ITサービス、東京都港区/神奈川県横浜市)の取り組みは「発達障がい社員のインクルーシブ経営」。同社の社員56名のうち、37名が発達障がいを持っている。

代表取締役社長の福田智史氏は「健常者も障がい者も、人はみんな強みを持っています。本来は、職場で活躍できるか否かに障がいの有無は関係ない。当社では面談を通して個々の特性を明確にし、それに合わせて『休憩室を設ける』『電話対応は撤廃』などの具体策をとっています。今では、当社がグリーのすべての子会社から業務を受注するまでに成長しました。社員が自分の能力を100%発揮できるよう物理的に配慮すれば、必ず一人ひとりが戦力として事業に貢献できるようになります」と自信を見せた。

「職人気質」な塗装、左官工事の世界が変わりつつある

KMユナイテッド 代表取締役社長 Founder CEO
竹延 幸雄

性別・国籍・年齢・経験の有無にかかわらず多様な人材を「全員正社員採用」しているKMユナイテッド(塗装、京都府京都市)は、審査員賞を受賞。一人前になるまで10年かかるといわれた塗装職人の技術を、未経験でも3年で習得できる独自の育成プログラムを開発した。とくに、ベテラン職人の技を動画にして配信する映像教材が好評だ。

代表取締役社長の竹延幸雄氏は「高度な技能の伝承や、映像教材の導入、社外講師の招聘などを行い、現在は女性や外国人の職人も活躍するようになりました。過度に属人的な職人の世界を変えて、当社が誇るベテランが長く活躍し、若手が早く成長できる環境を整えています。今回の受賞をきっかけに、たくさんの方に当社の可能性を知ってもらえたら」と期待を寄せた。

原田左官工業所 代表取締役社長
原田 宗亮

同じく審査員賞を受賞したのは、新人がどんどん育つ独自の育成制度を行う原田左官工業所(左官工事、東京都文京区)だ。「見て覚えろ、技術は盗め」といわれる左官職人の世界。同社では名人の技術を収めた動画を手本に、動きを徹底的にまねて身に付けるという独自のトレーニングを確立。20年前は30%未満だった見習い期間の定着率が80~90%と大きく改善した。

代表取締役社長の原田宗亮氏は「もともと人によってバラバラだった見習い期間を『4年』と一律に定めたことで、キャリアパスが明確になったのも大きかったと思います。このやり方だと、とにかく成長が早いですね。いろいろなタイプの人材が集まるようになって社内の風通しもよくなり、仕事のやり方についてもさまざまなアイデアが出るようになりました。この仕事に魅力を感じてくれる人たちに、いちばんいい環境を提供したいと思っています」と語った。

社長が語る「社内ラジオ」でコミュニケーション活性

パネイル コーポレート本部 管理部 広報IRG マネージャー
村岡 侑紀

パネイル(エネルギー流通システム、東京都千代田区)は社内ラジオ「パネラジ」でコミュニケーション不足を解消し、審査員賞を受賞した。社長の名越達彦氏がパーソナリティーを務める社内ラジオを毎週金曜日に配信するというものだ。

コーポレート本部の村岡侑紀氏はそのきっかけをこう話す。「近年急激な事業拡大の局面を迎え、ベンチャーならではの近い距離感が失われつつありました。解決策を話し合う会議が盛り上がったことをきっかけに、社長が『この雰囲気でラジオをやろう』という案を出して実現しました。会社のビジョンなどを語るのではなく、あくまでもフランクにコミュニケーションを取る場にしています」。ラジオが会話のフックとなり、社長と社員、社員と社員のコミュニケーションが活性化している。

労働市場とともに、働く人の意識や職場も変化

リクルートキャリア リクナビNEXT編集長
藤井薫氏

今年も審査員を務めたリクナビNEXT編集長の藤井薫氏は、アワードを振り返ってこう話す。「今回はとくに、既存の枠組みや先入観から脱して『職場をもっとよくしたい』という思いから生まれた取り組みが目立ちました。審査を経て感じたのは、職場には『業務の暗黙知』『個人の強みの暗黙知』『会話の暗黙知』という3つの暗黙知が数多く眠っていること。受賞企業の7社は、こうした暗黙知を、まるで触れているような身体的な智として見える化し共有することで、現場の課題を解決している点で共通していると思います」。

労働人口の減少もあり、大きな変換期にある日本の労働市場。それは働き方にも影響を与えているという。

「2019年4月に働き方改革関連法が施行されてから、もうすぐ1年が経ちます。今後はますます、ライフフィット型の働き方が広がるでしょう。そこで重要になるのは個人の才能。働き手自身も、今の会社を辞めても、次の会社から『雇用されうる能力』(エンプロイアビリティー)を意識して磨いていくことが求められていくでしょう」(藤井氏)

これまで当たり前とされてきた働き方を疑い、アップデートする。こうした挑戦的な姿勢は、企業の持続的な成長に必須となりつつある。

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