「障害者の農作業」が生む、2つのメリット

「農福連携」が紡ぐ、農業と福祉の未来

障害者の社会参加の場として、農業が注目されている。農業と福祉事業の連携、いわゆる農福連携によって、農業の現場にどのようなメリットが生まれるのか。また乗り越えなければならない課題とは何か。全国に先駆けて取り組みを進めている長野県のJA松本ハイランドの事例を通じて、その可能性を探った。

手伝ってほしいだけじゃない 農業を通じて社会貢献を

飯沼牧場代表
飯沼 雅樹氏

「働きっぷりはとてもいいですね。中には、うちの牛とコミュニケーションを取るのを楽しみにして来てくれる障害者の方もいます。動物との触れ合いが、彼らの心の安らぎにつながっているのかもしれません」

こう語るのは長野県松本市にある、飯沼牧場代表の飯沼雅樹氏だ。飯沼牧場は約240頭の牛を擁する牧場で、家族と正社員1名、パート2名で畜産を営んでいる。3代目となる雅樹氏は、JA松本ハイランド青年部の副部長も務め、農福連携に積極的に取り組んでいる。

「毎週1回、福祉事業所のスタッフの方1名と若い障害者の方2~3名が来てくれています。作業時間は1時間半ほど。主に牛舎の通路の掃き掃除をやってもらっています。最初の5、6回ほどは様子を見守っていましたが、今では立ち会うことも少なくなりました。曜日や時間帯については、ある程度フレキシブルに働いてもらっています。人手のかかる作業を委託できるのでとても助かっています」(飯沼氏)

飯沼牧場内の様子。子牛を買って肥育するだけでなく、自家生産も行っている。約240頭のうち親牛は50頭ほど

飯沼氏が農福連携を始めたのは2017年。もともと農業を通じた社会貢献に興味を持っていたところ、JAから受け入れの打診があり、地元の福祉のために役立ちたいという思いもあって取り組み始めた。

「仕事を手伝ってほしいというだけでなく、農福連携によって社会貢献したいという気持ちがまずありますね。現在は週1回ですが、頻度を増やしていけたらと思っています」

始めたきっかけは、深刻な人手不足問題

JA松本ハイランド
鎌 伸吾氏

そもそも農福連携が始まった背景には、全国的な農家の人手不足問題がある。農家だけでなく、それまでパートとして労働力となっていた近隣住民も高齢化し、それに代わる新たな担い手も見つからないまま問題は深刻化していた。これに際し、農家の「労働力確保」という問題に対処しようと立ち上がったのが、JA松本ハイランドの鎌伸吾氏だ。

「農業は天候によって生育状況が突然変わり、作業が思いどおりにいかないことがよくあります。農業において単純ながらも大切な、草取りという作業を障害者に依頼することで、農家はスキルを要する仕事に専念でき、生産性が向上する可能性があると考えたのが始まりでした」(鎌氏)

当初はJA青年部の農家と共に、モデル事業として取り組みを始めた。最初に実施をしたのは、ネギ畑の草取り。これまで家族で数日かけて行っていた作業が、障害者と福祉事業所の職員に任せたところ数時間で完了したという。その後もジュース用トマトの収穫や長イモ畑の収穫準備など、さまざまな業務で実績を積み重ねてきた。

農福連携の具体的な流れとしては、まずJA各支所の担当部署や指導員が、農家からリクエストを受け、内容をまとめる。その情報を基に提携する約60カ所の各福祉事業所に障害者の受け入れを依頼し、了承を得られた事業所に仕事を発注するという仕組みだ。報酬は時給制ではなく、作業内容に応じた歩合制で支払われている。

こうした仕組みが出来上がった経緯について、鎌氏はこう説明する。「当初から障害者が健常者と同じペースで働くことは求めませんでした。無理ができない人もいます。一方、依頼する農家は初めて会う障害者がどれだけ作業ができるかわからない中、時給制ではどれほどの報酬支払いが発生するのか不安になります。そこで障害者と農家が互いに納得できる賃金体系を設定し、額が事前にわかるようにすることで、マッチングがスムーズに行くと考えました。1つずつ試行錯誤しながら実績を積み上げ、労働の成果に対して賃金を支払う今のやり方にたどり着いたんです。

開始当初は福祉事業所に断られ続ける経験もしました。少しずつ前進しているものの、提携している60の福祉事業所のうち、本格的に協力してくれるのは10事業所ほどというのが現状です。理由はさまざまですが、障害者の作業には事業所のスタッフも同行する必要があり、負担が大きいというのは事実です」

障害者の仕事=屋内作業という先入観を打破

このような仕組みが出来上がるまでには、紆余曲折があったという。長野県セルプセンター協議会で農業就労チャレンジコーディネーターを務める沖村さやか氏は、鎌氏と協力してJAと福祉事業所の間に立ち、両者をマッチングする役割を担っている。

NPO法人
長野県セルプセンター協議会
農業就労チャレンジコーディネーター
沖村 さやか氏

沖村氏は、農作業に従事することで、障害者にもいい影響があると語る。

「とある、トマトの収穫作業を担当している障害者の方がいらっしゃいます。未経験の状態から約1年この仕事を続けていて、今では福祉事業所で1位の実績を上げています。どのトマトを収穫すべきか判断するため、採れ頃のトマトを描いた赤い色の絵とトマトを見比べながら作業しています。一生懸命仕事をしている姿には、心打たれるものがありますね。農福連携により障害者が一定の収入を得られるだけでなく、心身ともにリフレッシュできているようです」(沖村氏)。実際に飯沼牧場で働いている障害者に話を聞くと、「事業所の中での作業より、体を動かせる外での仕事が好き」と語ってくれた。

今後は農家と福祉事業所の需給関係を安定させることで、農福連携をソーシャルビジネスとして発展させていきたいと展望を語る沖村氏。一方、鎌氏も確かな手応えを感じている。

「やってよかったと言って、繰り返し取り組んでくれる農家が多いです。農福連携の利用はJA管内の農家4700戸のうちまだ30戸ですが、これから少しずつでも浸透させていきたい。将来的には、互いになくてはならない存在になれればいいと思います」(鎌氏)

農閑期はなく、1年を通じて安定した作業量がある牛舎。沖村氏は「かばってあげることだけが福祉ではありません」と力を込める

同じ地域に住む者同士 助け合おうという発想

JA松本ハイランドの代表理事組合長・伊藤茂氏は、鎌氏をはじめとした農福連携の施策に確かな手応えを感じている。

JA松本ハイランド
代表理事組合長
伊藤 茂氏

「農業の人手不足が深刻化する中、まず一歩踏み出せたことは大きな功績だと思っています。飯沼氏の影響もあってかJA青年部の若手農家も熱心で、仲間と共に始める人が増えてきました。農家も障害者の方々も、同じ地域に住む者同士。協同組合であるJAを通して助け合っていこうという考えが基盤にあり、農福連携を重要視しています。そして、やり始めた以上は中途半端に終わらせたくありません。ほかの地域でも、机上の空論ではなく具体的に農福連携を進めてほしいと思います。実際に施策を進めることでしか見えてこない課題もあります。とにかく、最初の一歩を踏み出すことが大切ですね」

農家と障害者、双方にメリットのある農福連携。このJA松本ハイランドの取り組みをモデルケースに、全国に広がっていくことが期待される。

松本市内のネギ畑で語り合う、伊藤氏と鎌氏(上)。隣の長イモ畑でも、複数の障害者が長イモの収穫準備作業を行っている(下)
お問い合わせ
JAグループ