30年日韓を船でつないできた、JR九州の信念

関係悪化の中、博多-釜山間に新型高速船投入へ

博多-釜山間を航路とする、JR九州高速船のビートル。就航から30年が経つが、この数カ月の利用客数は、冷え込む日韓関係を反映して大幅の減少が続く。かつてないほどの逆風にもかかわらず、JR九州は新たな船の導入を着々と準備を進めている。そこには、30年前に日韓航路の運航を開始した頃と変わらない信念があった。

旅行客数はこれまでにない落ち込み

福岡の中心部から、すっかり当地名物になった西鉄の連節バスに乗り込んで10分もすると、博多から外国に渡る博多港国際ターミナルに着く。ターミナルビルに入ると1階の目立つところにJR九州高速船「ビートル」のカウンター。出港時間の1時間前には利用客がずらりと列をつくる。彼らの目的地は、韓国・釜山。ビートルは博多から釜山までを3時間5分で結ぶ高速船なのだ。カウンターの向こうからは、手続きなどを行う担当の文智詠(ムン・ジヨン)さんが笑顔でやってくる。

「午前中の便は日本から釜山に行かれる方が多いですね。夕方の便は帰国する韓国のお客さまが中心。ここでは予約したお客さまの手続きをしています。いろいろ質問されることもありますね。持ち込みできる荷物とか船に関する話から、釜山港周辺のグルメとか旅行ガイドみたいな話まで(笑)。船旅は飛行機よりも荷物の制限が少なくスピーディーなためおすすめですよ」(文さん)

カウンターで接客する文智詠さん。社内結婚をしており、夫は同社の運航部で働く

これから韓国を訪れようとする人、韓国に帰ろうとする人に向けて、こうして笑顔で接客する文さん。ビートルが結んでいる先、韓国・釜山の出身だ。同社には文さんのような韓国籍の社員が約3割在籍している。日韓を結ぶ航路を営んでいるから当たり前なのだが、おかげで社内の雰囲気も日韓が渾然一体となっているという。

取材に訪れた令和最初の年末も、多くの韓国人観光客がカウンターをにぎわせて――、と言いたいところだが、昨今の日韓関係はかつてない冷え込みの真っただ中。その余波はもちろんビートルにも及んでおり、日韓関係悪化が本格化した昨年7月から半年経ったこの年末年始に至っても、韓国人の利用は前年比で約5割にまで落ち込んでいる。

「これまでも為替レートの変動や政治的な問題など韓国と日本の間にはいろいろなことがあって、お客さまが増えたり減ったりしてきました。だけどここまで長引くのは初めてですし、ここまでお客さまが減るとは思わなかったです。寂しいですね……」(文さん)

「お隣さん」は韓国の釜山

博多と釜山を結ぶJRの航路が始まったのは1991年。前年には博多港からオランダ村や平戸を結ぶ航路を開設していたが、釜山航路はそれに続くJR九州にとっては念願の「国際事業」。海面を“飛行機のように”飛んで走るジェットフォイルというタイプの船を導入し、わずか3時間5分で博多と釜山を結んだ。

その頃は、日韓の文化交流や観光客の往来などほとんどなかった時代。就航当初の年間利用者数は、4万6000人程度にすぎなかった。苦しい経営を強いられたが、「将来必ず日韓航路が伸びる」という判断のもとに注力し、その後の隆盛につなげた。JR九州高速船の水野正幸社長は次のように話す。

「地理的に見ると、ここから釜山って東京よりも近いんですよ。歴史的にもはるか古代から盛んに交流を重ねてきて、福岡にも釜山にも互いの文化が今も色濃く残っている。われわれにとっての『お隣さん』は韓国の釜山なんです(笑)。ですから運航当初は苦しかったですが日韓交流を引っ張っていこうと信念を持ってやってきました」

その信念が実を結ぶように、90年代後半以降、韓国が日本の大衆文化の段階的開放を進め、2002年のサッカーワールドカップの日韓共催に韓流ブーム、そして05年に訪日韓国人のノービザ化と日韓の交流はみるみる活発になった。ビートルもそれに歩調を合わせて利用者数を増やし、ピーク時には年間30万人を超えている。

JR九州高速船
水野正幸社長

そうした中で、昨年夏には就航以来伝統の高速船「ビートル」に次ぐ、新たな船の導入を発表した。その名も「クイーンビートル」だ。

「ビートルは高速船なので『速い』というわかりやすいメリットがありますが、航行中はシートベルトの着用が必要だとか、そういうデメリットもありました。そこで、新しい船では、思い切って本来の船旅を楽しんでいただけるようなものにしようということで、クイーンビートルの導入を決めました」(水野社長)

新型船「クイーンビートル」が7月就航

クイーンビートルは定員も大幅に増やし、これまでの191名から502名となった。船内には売店やラウンジ、キッズルームから海風を感じられる展望デッキまでを備える。ビートルではシートベルトを締めてずっと座っていなければならなかったが、クイーンビートルならば船内を自由に歩き回って優雅な船旅を存分に楽しめる。

新型船では風景を楽しめる展望室(左上)、女性にうれしいパウダールーム(左下)、子ども連れにはありがたいキッズルーム(右)が設けられる

「ビートルほど速くはないのですが、それでも博多から釜山まで3時間40分。35分余計にかかるだけです。それに船内でもいろいろ楽しんでもらえるように考えていますから、釜山に着いたときには『もっと乗っていたい』と感じていただけると思いますよ」(水野社長)

かつてないほど日韓関係が厳しい状況での新造船の投入。水野社長は、「こういう状況だからこそ大きな意義がある」と力を込める。

「釜山と福岡は一衣帯水、数千年の歴史の中で強く結びついてきました。それをさらに次の時代につないでいくのもわれわれの役割。日韓の交流が落ち込んでいる今だからこそ、クイーンビートルの使命はますます大きくなっています」(水野社長)

詰め込めれば計算上800人入るところ、定員502名に。これは楽しめる要素を船内に盛り込むためだという

文さんも「クイーンビートルが今から楽しみで仕方がない」と言う。

「この仕事をしてきて、韓国が大好きな日本人、そして日本が大好きな韓国人にいっぱい出会ってきました。今は厳しい状況かもしれませんが、それでもお客さまから『私たちは応援してるからね!』と言っていただくことも多いんです。クイーンビートルはきっと楽しい船になりますから、ぜひこれをきっかけにしてまた多くのお客さまに利用していただきたいです」

船にしては珍しい真っ赤な船体が、青い海をさっそうと走り、博多と釜山を結ぶ。その船の中では、たくさんの日本人や韓国人が自由に歩きまわりながら船旅を楽しみ、日韓それぞれのグルメを味わう。新たな日韓交流の旗印になることができるのかどうか。クイーンビートルは目下オーストラリアで建造中。就航は2020年7月15日である。

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