ミツカン、「食品ロス削減」に本気出す理由 創業216年の老舗が作る「10年後の食文化」

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今、世界で問題となっている食品ロス。本来は食べることができた食品が捨てられてしまうことを指し、SDGsの重要課題と位置づけられている。日本でも、2019年10月に食品ロス削減推進法が施行されるなど機運が高まっている。こうした中、「お酢」「味ぽん」「納豆」などで知られるミツカンが、食品ロスをはじめとする食の課題に本腰を入れて取り組み始めている。

創業当時から続く「未来を予測して逆算する」思考

13億トン。これは世界中で1年間に廃棄される食品の量だ。日本に限っても、年間に廃棄される食品は2,759万トンにのぼり、そのうち食品ロスが643万トンを占める。廃棄物の処理には莫大なコストがかかり、環境にかける負荷も大きい。一方、世界では8億人もの人々が飢餓や栄養不良に苦しんでいる。世界の人口は2050年の時点で98億人に達すると見られており、食品ロスの削減と安定的な食料調達が急務となっている(※)。

この課題に、老舗の食品メーカーとして真正面から向き合っているのがミツカンだ。同社常務執行役員の石垣浩司氏はこう語る。

Mizkan Holdings 常務執行役員
新規事業開発担当
石垣 浩司

「食品ロスの問題は今後ますます深刻になっていくはず。今は地球環境も人々の生活も、大きく変化しています。とくにライフスタイルの多様化は著しく、たとえば食生活なら『1日3食』『昼食は12時』とは限りません。こうした時代に、食品メーカーとして10年後の未来を見据え、どんな食品をどう提供していくべきか。3年ほど前から議論を重ねてきました」

通常の商品開発では、顧客の潜在ニーズを掘り起こし、それに応える商品をつくるというやり方がセオリーだ。しかし、この変化の早い時代に、10年後に受け入れられる食品を探ったところで、明確な答えが出るわけもない。

「そこから、ニーズに応えるよりも、新しい食生活や食文化を提案していくべきだという考えに至りました。まずは環境問題や社会課題から未来を予測し、どんな食品が求められるのか、そのためにどんな技術が必要か、と逆算して考えることにしました」(石垣氏)

江戸時代当時の握り寿司はこのような姿だったといわれる。現代の寿司の、2~3倍の大きさがある

未来を予測して逆算する。実はミツカンは、このアプローチを216年前の創業当時から続けてきた企業だ。当時、江戸で早ずし(握り寿司の原型)が人気を博していると知った初代・中野又左衛門は、そこに商機を見いだした。その頃早ずしで使われていた酢は、高価な米酢。「米酢を粕酢にすることができたら、もっとおいしく手軽なすしを作れるはずだ」と考えて研究を重ね、それまで廃棄されていた酒粕を活用して安価でおいしい粕酢をつくることに成功したのだ。江戸での早ずしの流行、いわば食生活の変化を契機に、ミツカンは事業の第一歩を踏み出したのである。

どんなにいいものでも、おいしくなければ続かない

こうした発想から同社のビジョンとして「おいしさと健康を一致させながら、人や環境への負荷が少ない食生活と食文化をつくる」という考え方が生まれた。そしてそれが具現化したのが、新ブランド「ZENB」である。ZENBのテーマは、野菜や豆、穀物などの植物を可能な限り丸ごと食べること。トウモロコシの芯や枝豆のサヤ、ニンジンの皮など、普段捨ててしまう部分まで活用して、色とりどりのペーストとスティックを作りあげた。

「ZENB」の商品群。ペーストは、コーンや枝豆などの各野菜とオリーブオイルだけで作られている(全5種類)。スティックにはナッツや雑穀、果汁が入っていて、食感も楽しめる(全6種類)

「とうもろこしの芯には食物繊維、ビーツの皮にはポリフェノールがたっぷり含まれていますが、そのまま使うとどうしても食感が悪くなってしまう。体や環境への優しさは大事ですが、食品メーカーとして絶対に譲れないのは『おいしさ』なんです。どんなにいいものでも、おいしくなければ支持されず、事業としても続きません」と断言する石垣氏。そこで生きたのが、同社が216年の歴史の中で積み重ねてきたノウハウだった。

「たとえば食材を微細化する部分では、過去に開発していながら、使われなかった技術をフル活用しました。そしてそれらを基に、新たに開発した技術も駆使して商品開発を進めました」(石垣氏)

こうしたノウハウに加え、シェフや医師、研究者、デザイナーといった他分野の人々との協業も行っている。また素材そのもののおいしさを生かすため、添加物や動物性原料は使用していない。すべての原料の農薬管理まで徹底し、担当者が栽培地に出向いて農地環境や栽培環境を確認しているのだという。

老舗の大企業が「クラウドファンディング」使う理由

こうして誕生した、「おいしい・健康にいい・環境にいい」をすべてかなえるZENBの商品。しかし開発を進めるにつれて、同社は、とある疑問を抱くようになった。「ZENBは、果たして世の中に受け入れられるのか?」――。その答えを探るべく同社がとった施策が、クラウドファンディングであった。

クラウドファンディングの画面。現在はクローズしている

「ZENBの支援者を募った結果、555人の支援者から目標金額の6倍以上の支援が寄せられました。いい反応をもらえたことで、当社の発想や方向性が社会に望まれているものだと確信できました」と石垣氏は振り返る。

現時点で、ZENBの商品を購入できるのは専用サイトのみ。全国どころか海外に広く事業展開している同社がDtoCにこだわっているのは、購入者とのつながりを大切にするためだという。

「初期の狙いは、ZENBを大量に売ることではありません。賛同してくれる消費者を巻き込んで、サステナブルな食文化を新たに作っていくことが目的。支援者に直接会って意見を聞くこともあります」

「216年、日本の食生活、食卓、食文化を作ってきた会社としての自負があります」と胸を張る石垣氏

ただし、ZENBを健康意識の高い人だけに向けた商品にするつもりはないという。同社が目指すサステナブルな食文化を実現するためには、ZENBの考え方を世界のマジョリティーに育てあげることが必要だからだ。「それこそ味ぽんのような、全国のご家庭に置いていただける商品を、ZENBでもつくりたいと思っています。すでにいろいろな企画を進めていますので、ぜひ期待していてください」(石垣氏)。

ミツカンブランドで世界に進出し、売り上げの海外比率が50%を超える同社。食品ロス問題への意識が高くフードテックが盛んな北米ではすでにZENBの販売も始めており、今後は欧州での展開も視野に入れている。

こうした施策と合わせて、2018年には「ミツカン未来ビジョン宣言」を発表。「人と社会と地球の健康」「新しいおいしさで変えていく社会」「未来を支えるガバナンス」という3つのビジョンを掲げている。同社の事業が、10年後も環境や社会、人々の食生活に貢献できるようにするための宣言だ。

そしてこうした同社の姿勢を支えているのは「消費者のからだやいのちとなるものをつくっている」という、食品メーカーとしての責任感と覚悟にほかならない。人のライフスタイルや社会のあり方が大きく変化する中、同社が目指す食の未来像は、確実に実現へと近づいている。

>ZENBのおいしさを体感しよう!

※出典:消費者庁消費者教育推進課 食品ロス削減関係参考資料