エアコン「消費電力の8割」握るカギは何? 省エネ、音、振動…女性技術者の熱いこだわり

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いよいよ、1年の中で最も寒さが厳しい季節が到来する。エアコンを1日中稼働させている家庭も多いだろう。そうなると気になるのが電気代だ。エアコンにかかる電気代節約のカギを握るのは、意外にも室外機の中に含まれる「圧縮機」という部品。なんとエアコン全体の消費電力のうち約8割が、この圧縮機で使われているというから驚きである。知られざる圧縮機の仕組みを探ると、開発に情熱を注ぐ女性たちの姿が見えてきた。
圧縮機は、エアコンの室外機の中にある。エアコンの消費電力のうち、ダントツで大きな割合を占める

圧縮機が節電のカギを握る。そう言われたところで、ピンとこない人も多いのではないだろうか。圧縮機はエアコンの室外機の中にあるパーツの1つで、自動車に例えればエンジンのようなものだという。ダイキンで圧縮機の開発を手がける、遠藤ちひろ氏が説明する。

「圧縮機は、エアコンの心臓ともいえる部品です。心臓が体の隅々まで血液を循環させているように、圧縮機は室内機と室外機の間に冷媒ガスを循環させる役割を担っています」(遠藤氏)


遠藤 ちひろ
ダイキン工業 滋賀製作所
空調生産本部 圧縮機グループ

空調専業メーカーだけあって、ダイキンでは圧縮機にも独自の技術を採用している。同社オリジナルの圧縮機は、構造的に冷媒ガスのロスが少なく、運転効率がよい。とくに室内が設定温度に達した後の、いわゆる小能力運転時に高い省エネ性を誇るという。

「近年、住宅はどんどん高気密高断熱になっています。エアコンも、部屋を急激に暖めたり冷やしたりするより、室内の温度を保つために小能力で運転する時間が増えていることがわかっています。そのため、小能力運転時の効率を上げることは、節電に大きな効果があるのです」と、遠藤氏は胸を張る。

大切なのは「女性だから」ではなく「自分だから」

遠藤氏は入社以来、12年にわたって圧縮機ひと筋。ルームエアコン「うるさら」シリーズなど、看板商品の圧縮機開発に携わってきた。

遠藤氏が「本当にきれい」と評する圧縮機の姿

「大学院ではAIやロボットの研究をしていましたが、就職活動でダイキンのインターンに参加した際、なぜか圧縮機グループに配属されたんです。当時は圧縮機の存在すら知りませんでしたが、見た瞬間に心を奪われました。精密な部品がいくつも組み合わさって滑らかに動く様子が本当にきれいで……。思えば子どもの頃から、ピアノを弾いても音色やメロディーより、ピアノの内部がどうなっているのか気になるような性格でした。もともとメカ好きなんでしょうね。そして圧縮機との出合いをきっかけに、機械を扱う仕事を志望するようになったんです」と遠藤氏は振り返る。

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こうしてダイキンへ入社。圧縮機グループに配属され、圧縮機グループ初の女性技術者となった。「男性ばかりの部署に私が来て、上司や同僚たちは驚いたそうです。が、私自身は学生時代から似た環境にいたので、とくに戸惑いはなかったですね。今も、仕事をするうえで、自分が女性であると意識することはまったくありません。『女性だから』ではなく、『自分だから』何ができるのか、を日々考えています」(遠藤氏)。

現在、同グループの女性開発者は遠藤氏を含め4人。入社6年目の山口恵里奈氏もその1人だ。「大学院では機械加工などの研究をしており、メカを扱う仕事がしたいと思っていました。機械の中でも、できるだけ身近な物の開発に携わりたくて、ダイキンに入社したんです」(山口氏)。

山口 恵里奈
ダイキン工業 滋賀製作所
空調生産本部 圧縮機グループ

そんな2人は、プライベートでも機械マニア。他社のエアコンもじっくり観察しているという。「冷蔵庫からモーターが回る音がすると『今、出力しているんだなあ』と気になったり。仕事柄、理論立てて物事を考える癖がついているので、家庭でも理論重視。いかに家事を効率よく終わらせるか、脳内でシミュレーションしています」(遠藤氏)。

山口氏も通じる部分があるようで、「わかる、わかる」とうなずく。「圧縮機は結構重くて、小さいものでも5キロはあります。それを日常的に持ち上げるため、重さが体に染み付いています。赤ちゃんを抱っこしても、『あの圧縮機と同じくらいだから、この子は5キロくらいだな』なんて、圧縮機を基準に重さを量りがち」(山口氏)と、「開発者あるあるトーク」に花が咲いた。

開発は「あっちを立てればこっちが立たず」の連続

圧縮機は、1000分の1ミリ単位で設計されている超精密な機械。約40の部品が使われており、各部品の計算が少しでも狂えば、性能や音、振動などに影響が出る。開発者がとくに苦心するのは、各方面からの要求をすべて満たさなければならないことだという。

「スイング圧縮機」と呼ばれるダイキン独自の圧縮機は、構造的に冷媒ガスの効率がよい。気になる「節電」にも大きく貢献する

「製品部など社内の他部署から、例えば『省エネ性能が高いエアコンを作りたい』のようなオーダーがあり、それに従って開発を進めるのですが、性能だけでなく、音や振動、コスト、納期、特許や法規などさまざまな要素をクリアしなくてはなりません。性能を重視するあまり作動音が大きくなってしまったり、すべてかなえたと思ったらコストをオーバーしていたり……。たびたび『あっちを立てればこっちが立たず』状態が発生します」(遠藤氏)

「試作品を動かしてみて気になる点があれば、各部品の計算段階から見直して原因を分析し、再び設計、試作して改善できたかどうかを確かめます」(山口氏)

湯浅 健一
ダイキン工業 滋賀製作所
空調生産本部 圧縮機グループ

苦労の多い圧縮機作りに全力投球する2人を、周囲も頼りにしているようだ。上司の湯浅健一氏はこう語る。「遠藤さんは、物事のメカニズムを理論立てて説明するのに長けていて、分析力が高い。山口さんも、課題解決のために根気強く考えようとする気概がある。彼女たちの探求心が圧縮機グループの屋台骨となって、よりよいものづくり、日々の開発を支えてくれています」。

とはいえ「すんなりいかない原因が突き止められず、頭を抱えることもある」という遠藤氏。「そんなときも、上司が他部署に状況を説明するなど盾になってくれるので、私は自分のやるべきことに集中できます。目指したとおりの圧縮機が完成し、無事に各部署からの了承が下りて開発を終えられたときは、ひたむきに頑張ってきてよかったとしみじみ感じますね。一方で、次に開発すべきものが控えているので、感慨に浸っている暇はほとんどありません」と、正直な気持ちを語ってくれた。

2人には、圧縮機を通じて実現したい夢があるそうだ。「猛暑のとき、圧縮機には高いストレスがかかります。もし圧縮機が壊れたらエアコンが動きませんから、ユーザーの生死が脅かされる。AIを使って、圧縮機が自動的に自らにかかるストレスを感知して、動きをセーブするような仕組みを作りたいですね」(遠藤氏)。

「世界には、貧しくてエアコンが買えない人々がいまだにたくさんいます。信頼性が高く、性能もいいエアコンを低価格で提供できるよう、当社の技術力を生かして、圧縮機のコスト削減にも挑戦していきたいと思っています」(山口氏)

自分たちの技術と経験で、世界中を「快適な空気」で満たしたい――。彼女たちの熱い思いが、今日も私たちに快適な空気を届けてくれているのだ。

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