業界大手シェアオフィスで手を組む納得事情 単独では困難「空間データのハブ」狙う
シェアオフィス「point 0 marunouchi」に一歩足を踏み入れると、生い茂った緑が目に飛び込んでくる。小鳥のさえずりが響きわたるオープンなエリアにはチェア席、ソファ席、ハイカウンター席があり、周囲とコミュニケーションを取りながら仕事をしている人の姿がある。
一方、集中して仕事をしたいときに便利な専用席や個室、さらには会議室やカフェ、仮眠ルームなども用意されており、仕事の内容に応じて最適なワーキングスペースを選べるActivity Based Working(ABW)を実現した理想的なオフィス空間になっているのだ。
「point 0 marunouchi」を手がけるのはダイキンをはじめ、オカムラ、東京海上日動火災保険、アサヒビール、パナソニックなど大手9社(2019年10月現在)。このコンソーシアムでは2018年2月から、協創型プラットフォーム「CRESNECT(クレスネクト)」の構築を進めている。
「クレスネクト」とは、エアコンをはじめとする機器、各種センサーなどIoTを駆使して収集したさまざまなデータや、各パートナー企業が持つデータ、ノウハウを蓄積して活用しながら、未来のオフィス空間にまつわる新たな価値やサービスを創出していこうというもの。
それを具現化する第1弾プロジェクトが、「point 0 marunouchi」だ。「クレスネクト」の発起人でコンソーシアムのまとめ役であるダイキンから、参画企業の共同出資で設立された株式会社 point 0の代表取締役に就いた石原隆広氏は、こう話す。
「シェアオフィス業界でも有名な専門家が来られた際、『普段、優れたシェアオフィスを見ると悔しさが湧いてくるが、ここまでくると『point 0 marunouchi』への尊敬の念さえ抱いてしまう。これほどの設備は、われわれでは実現できず、さまざまな分野のプロが集まっているからこそできることだ』と言っていただきました」
軽井沢の風を再現した席が最も人気
「point 0 marunouchi」は、未来における理想のオフィス空間を実現するための実証実験の場という位置づけであり、さまざまな深い工夫が凝らされている。例えば、空間ごとにふさわしい空気をつくることでさまざまな課題の解決を目指すダイキン。同社は効率的、創造的で、健康に働けるオフィス空間を目指して、さまざまな取り組みをしている。
その1つが、エントランスに設置した「air spot」だ。猛暑の夏、厳寒の冬に訪れた人の体温を冷気・暖気の空気シャワーで素早く調整してくれる。オープンエリアには、あえて複数の温度環境が存在する「ゾーニング空調」を採用し、一人ひとりが快適と感じる場所を選択できるようにした。
ほかにもエアコンや照明を制御することで、集中して作業効率を高められるブースや、快適な入眠と心地よい目覚めを促してくれる睡眠ブースなど新しい空気の価値創造につながる空間を用意している。
また、「point 0 marunouchi」で最も人気になっているのが「Wind Creator」の前の席だ。実際に軽井沢の高原で計測したデータを基に、さわやかな風を再現するシステムで、まるで自然の中にいるような心地よさに包まれながら仕事ができるという。
「今夏は東京で猛暑日が続いたため、こうしたダイキンの空調専業企業らしいソリューションは大好評でした」と石原氏は振り返る。
オープンから3カ月。石原氏によると、利用登録者は1000人を超え、参画企業に対するフィードバックも数多く獲得できているという。
しかも、24時間営業であるにもかかわらず、夜の8時になるとほとんど人がいなくなる、ユニークな現象も起きているそうだ。理由は、アサヒビールが提供しているアルコールである。
「夕方6時ごろになると、どこからともなくオープンエリアに人が集まり、ビールを片手に談笑するひとときを過ごして、それぞれの家路に就く。アルコールが、仕事モードのスイッチの切り替えに役立っているのです。働き方改革で時間外労働をいかに減らすかで悩む企業も多いようですが、残業ゼロは夢ではないという可能性が示唆されました」と石原氏は話す。
だが、こうした先端技術を搭載したファシリティーの提供さえも、実は真の目的ではない。冒頭に述べたとおり、「point 0 marunouchi」は空間データベースプラットフォームの構築が第一義。IoT化された空間から得られる情報こそが、参画する協創企業が求める核心なのだ。
IoTゲートウェーとして、天井のエアコンの可能性は大
では、なぜ各社が空間データベースに注目し、協業することにしたのか。
「『クレスネクト』のリーダーシップをとるダイキンは、エアコンが、空間IoTネットワークのハブになると考えています。オフィスビルにおいて、エアコンは1室に1台以上あり、室内全体を見渡せる天井に設置されているからです。
エアコンにセンサーやカメラを組み込むことで、温度や湿度のほか、室内の明るさや音、人の数や位置、動き方など、空間と人にまつわるさまざまな情報を得ることができます。しかも天井は、電波を妨げる障害が少なく、IoTネットワークを構築するために必要なIoTゲートウェーとセンサーの通信状態を維持しやすいという利点もあります。
蓄積された空間データを分析すれば、オフィスでの生産性向上や健康維持に向けた画期的なサービスやビジネスソリューションを生み出すことができる。パナソニックをはじめ『point 0 marunouchi』プロジェクトに参画する大手各社が喉から手が出るほど欲しい高付加価値情報が詰まった、まさに『宝庫』なのです。
ただ、ダイキンも1社単独あるいはM&Aを通じてやれることには限界がある。そこで、パナソニックのような競合他社と手を組むことも辞さない姿勢で協業を進め、われわれだけではできない空間ソリューションを提供していきたいと考えています」と石原氏は説明する。
では、「クレスネクト」を活用すると、どんな世界が待っているのか。例えば、ある人があらかじめ好みの温度を登録しておき、位置情報と連動させれば、ダイキンの空調機を採用しているオフィスや出張先のホテルなど移動する先々で、その人にとっての快適なパーソナル空調を実現することが可能になる。
またオカムラがオフィス什器をIoTデバイスにして、空調機に仕込んだセンサー経由で従業員の働き方を分析すれば、ヘルスケア分野の新サービスを提供できるかもしれない。さらに、その分析データを基に、東京海上日動火災保険が新しい保険を設計することも可能になる。サービスやソリューションを提供する側も、提供される側も、互いにメリットを享受できる。それが「クレスネクト」の目指す未来だ。
オフィスはもとより、病院や高齢者施設、教育施設、商業ビルなど、あらゆる空間・空気の課題を解決し、次々と理想の快適空間が実現する日は一歩一歩近づいている。