ミント味「冷えてないのにひんやり」する理由 熱・冷・痛を感じる「感覚センサー」知ってる?
人間が持っている感覚といえば五感。だが、このトリップチャネルは、五感とは異なる。人間の体の至る所に存在し、その種類もいくつかあるが、トリップチャネルは「温度刺激」と「化学刺激」を感じ取る細胞の感覚センサーである。
トリップチャネルが、氷やお湯などの温度刺激、ミントのメントール(清涼感成分)やトウガラシのカプサイシン(辛み成分)などによる化学刺激を受け取ると、その刺激が電気信号に変わり脳に伝わることで「冷たい、熱い」と感じる仕組みだ。面白いのは「冷たい、熱い」と感じるセンサーが、実際の温度が冷たいもの、熱いもの以外でも活性化されて「冷たい、熱い」と感じることである。
例えばミントに含まれるメントールは、冷たいと感じるセンサーを活性化させるから、温度が下がってもいないのに冷たいと感じる。逆にトウガラシに含まれるカプサイシンは、熱いと感じるセンサーを活性化させるから、温度が上がってもいないのに熱いと感じるわけだ。それはサーモグラフィー画像を使って見てみると、よくわかる。メントール入りローションを手に塗布すると、最初は気化熱で表面温度が下がるが、その後、温度が元に戻っても「冷たい」と感じ続けるのである。
また、冷たすぎたり、熱すぎたりすると「痛い」と感じる温度刺激と同様に、化学刺激によって痛みを感じるトリップチャネルを活性化するとヒリヒリしたり、チクチクしたりといった「痛み」も引き起こすことがわかっている。
ヘアカラーで、なぜ「ピリピリ」する人がいるのか?
こうしたトリップチャネルのメカニズムを活用しようと、多くの企業が研究を始めている。その1つが、マンダムだ。
2005年から15年以上にわたってトリップチャネル研究に取り組む同社では、製品評価にトリップチャネルを活用しているという。マンダムの製品保証部で評価分析を担当する高石雅之氏は、こう話す。
「安全性に配慮したヘアカラーでも、ピリピリ、ヒリヒリといった不快な刺激を感じる敏感な方がいます。炎症が起こっていないのに不快な刺激を感じるのは、ヘアカラーに使われている成分がトリップチャネルを刺激しているからです。
かねてマンダムでは、『よく染まるから多少の刺激や痛みは仕方がない』ではなく、安全なのはもちろん、心地よく使える快適性と機能性のバランスをしっかりと両立する必要があると考えてきました。そこで、快適性の評価軸としてトリップチャネルの活用を検討することになったのです」
それは、マンダムが「人間系企業」を掲げ、人の感覚に基づく印象や評価にこだわりを持ってきた影響だという。
同社は、美容部員による対面販売ではなく、ドラッグストアやコンビニなど、誰もが簡単に買うことができるセルフ販売による化粧品をメインで扱ってきた。だからこそ、「安全、機能、快適」というトレードオフの関係にある3つを同時に実現しなければ、真の満足は提供できないと考えているのだ。
それは、マンダムが「人間系企業」を掲げ、人の感覚に基づく印象や評価にこだわりを持ってきた影響だという。
同社は、美容部員による対面販売ではなく、ドラッグストアやコンビニなど、誰もが簡単に買うことができるセルフ販売による化粧品をメインで扱ってきた。だからこそ、「安全、機能、快適」というトレードオフの関係にある3つを同時に実現しなければ、真の満足は提供できないと考えているのだ。
「トリップチャネル研究を進めるうちに、ヘアカラーに含まれる『アルカリ成分』が不快な刺激を引き起こしていることがわかりました。ですが、『アルカリ成分』は脱色と染色に欠かせないヘアカラーには必須の成分です。そこで、アルカリの刺激を抑制する成分を探索し、ヘアカラーに『炭酸イオン』を配合することで不快な刺激を低減することに成功したのです」(高石氏)
化粧品に伴うほかの痛みについてもメカニズムが解明されている。「シャンプーやクレンジングが目に入って染みることがありますよね。毎回目に入るということはないと思いますが、セルフ化粧品は、つねにそうした可能性も考慮して安全性を考えています。実は、この目刺激もトリップチャネルが活性化して痛みを感じていることがわかっています。どういう成分であれば刺激が少ないのか。トリップチャネルで評価分析を行って、目刺激の少ない組み合わせを実現しています」(高石氏)
そのほかにもマンダムでは、暑い夏に大活躍する汗拭きシートにトリップチャネルの研究成果を応用。快適な清涼感を得られるユーカリ由来成分のユーカリプトールとイソボルニルオキシエタノールを配合するなど、機能性と快適性を両立した製品づくりを実現させている。
世界的に注目を集めるトリップチャネル研究
こうしたマンダムのトリップチャネル研究を当初から支えているのが、自然科学研究機構・生命創成探究センター・教授の富永真琴氏だ。
富永氏は、トリップチャネル研究の権威であるカリフォルニア大学教授のデイヴィッド・ジュリアス氏のチームに日本から唯一参画していた研究者だ。
デイヴィッド・ジュリアス教授は、2014年に「トムソン・ロイター引用栄誉賞(現クラリベイト・アナリティクス引用栄誉賞)」を受賞している。
「同賞は論文の引用回数、重要度からノーベル賞クラスと目される研究者を発表するものです。実際、トリップチャネルを含む『温度・触覚の受容体』の発見に対して、ついに2021年にノーベル生理学・医学賞が授与されました。また、2020年には『2020年生命科学ブレークスルー賞』も受賞しており、世界的に大きな功績を残す偉業として認識、注目されています。
1997年、私たちが初めてカプサイシン受容体を痛みの受容体として発見し、『TRPV1(トリップブイワン)』と名付けられ、これが温度センサーであることが明らかになりました。その後、9つのトリップチャネルが温度受容体であることがわかり、温度を感じる仕組みの解明が進んできたのです」(富永氏)
さらに、トリップチャネルは温度センサーであるだけでなく、視覚や味覚、痛みや酸など、外部からの複数の刺激によって活性化されること、内臓の働きを感知するセンサーとして働くことなども明らかになってきているという。
「『TRPV1』『TRPA1』が活性化すると痛みを感じます。そこで、痛みを起こさないように両チャネルを活性化する物質を排除するというような使い方の研究も進められています。私は、もともと臨床医なので、トリップチャネルの研究を何か世の中の人々に役立てたいと考えています。
トリップチャネル研究は、痛みセンサーの発見から始まったため、最初にトリップチャネルに注目したのは、この研究を鎮痛剤の開発に応用しようと考えた製薬会社でした。一方、化粧品メーカーは製薬会社と違って、動物実験ができません。細胞を用いた代替実験とヒトで行う実験との間には、本来何段階ものステップを踏んで安全性情報を広く収集する必要があります。
その代替法として、化粧品メーカーに先駆けてマンダムが、トリップチャネルを活用して十分な安全性を確保したうえで、人が実際にその製品を使う場面でも問題がないことを確認する実使用評価に応用したり、人の心地よさの追求に活用しているということは、すばらしいことだと思います」
こう評価する富永氏と、マンダムの共同研究は今も続いている。「何らかの形で世の中に還元したい」という富永氏の強い思いとともに、これからもマンダムはトリップチャネル研究のリーディングカンパニーとして「安全、機能、快適」な製品開発を続けていく。