インド人材「手間かけて育てる」が近道の理由 技術、工場のルール、規律まで丁寧に教える
かねてからインドでは、女性は家庭に入ることが伝統とされてきた。最近ではグローバル化が進み、都市部において変化が見られるものの、社会に出て働く女性はまだ少ない。そこでインドでは、国を挙げて女性の社会進出を促す支援策を拡大している。
父の後押しがあって、無事に学校に通うことができた動画の少女は、優秀な成績で学校を卒業する。だが、弟を大学に行かせるため、自分の進学は金銭的な理由から諦めざるをえなかった。
もともと、ものづくりに興味があり「社会に出て働きたい」と思っていた彼女は途方に暮れる。そこに弟が現れて手渡したのが、ダイキンが「ものづくり学校」を開設するという新聞記事だ。その新聞を手に、家族を説得し、晴れてものづくりを学ぶことができるようになったという話である。
女性の社会進出にも貢献し、インドで存在感増す
ダイキンは、日本の経済産業省とインドの技能開発・起業省が協力してインドの製造分野における人材を育成する「ものづくり技能移転推進プログラム」に参画し、2017年に「日本式ものづくり学校(JIM:Japan-India Institute for Manufacturing)」を開校した。
インド北西部ラジャスタン州の2.5万m2の土地に約5億円をかけてトレーニングセンターを作り、日本の技術や現場の規律などを教え、空調エンジニアを育成している。
「16年に、日本とインドの間で『ものづくり技能移転推進プログラム』の協力覚書が締結されました。Made in Indiaを掲げるモディ首相から、エンジニアを育ててほしいという要請があり、参画日系企業3社(当時)のうちの1社として当社にお声がかかったんです。インドのためにやっているんですが、ダイキンにとってもプラスになっています」
こう話すのは、ダイキン工業グローバル戦略本部長の峯野義博氏だ。ダイキンは、インドでの売り上げの2%を「日本式ものづくり学校」に拠出するとともに、動画のような農村に暮らす女性たちの社会進出にも貢献するなど、インドでの存在感を増している。
ダイキンは09年に業務用エアコン、12年に家庭用エアコンでインド市場に進出し、今やインドの空調市場を牽引するポジションにまで上り詰めている。14年以降、実質7%近いGDP成長率を維持し(外務省調べ)、驚異的な経済成長を続けるインド。今後も中間所得者層の増加が続くとみられることから、エアコンの潜在的な需要が見込まれている。まだまだ伸びる市場をどう取り込むのか。峯野氏は、何より重要となるのは人材の育成だという。
「うちは研修とトレーニングに、ものすごい力を入れています。『日本式ものづくり学校』では年間で50人、10年間で500人、ダイキンが費用を負担して教育するんですよ。伸びているからできることですが、将来的にはうちの従業員として雇用できる可能性もある。
ほかの日系企業のようにダイキンのインド事業も、今はカルカッタとか、デリーとか、チェンナイとか、大都市が中心ですが、これからは小さな都市にも進出していく。そこではエアコンのことを知らない人も多いんですよ。まだ普及率が5%ですから、まずはエアコンとは何かを知ってもらわないといけない。
だから、工場で働くものづくり人材の育成とは別に、トレーニングセンターで技術を教えてエアコンの据え付けや修理を担当する技術者も育てる。そして売ってもらうために、販売店の人材教育にもお金と手間をかけて、自前で販売網をつくっている。
インドの市場ニーズに合わせた戦略をすべて遂行するうえで、やはり重要となるのは『人』だと考えているからです。ダイキンには『人基軸の経営』という理念があります。一人ひとりの成⾧があって初めて企業は発展するという考えです。この理念に基づいてアジア・オセアニアでも事業を展開し、市場を攻略してきたわけです」
アジア・オセアニアでは、毎年1,000人規模の現地人材を採用しているダイキン。どの国においても人材の育成には力を入れてきた。
「各地域でダイキンの成長を支えるのは、最後は現地の人なんです。国ごとに教育するのはもちろん、地域横断で若手の優秀な人を日本やアジアの大きな拠点に集めて教育するプログラムも設けています。また、海外子会社の課長クラスを対象としたプログラム、部長クラスの幹部候補を対象としたプログラムも設け、中間層の底上げを図っています。さらに社長・取締役クラスを対象としたプログラムは、日本の本社で開催し、ダイキン工業の経営陣も関わりながらダイキングループの経営層を育てています。
そういうことにお金をかけて、ローカライゼーションを進め、現地の人をどんどん起用して経営を任せていく。海外の子会社から、ダイキングループの経営を担う人材も出てくると思います」
実際に、ダイキンの役員陣には、複数の外国人が名を連ねている。中国の子会社で、幹部として中国事業の成長を支え、現在はダイキン工業の取締役を務める者もいる。
今やダイキンの社員は、85%が外国人だ。とくに平均年齢が低いアジアでは、責任あるポジションで活躍する若手も多く、日本から研修で派遣された若手社員との交流によって、切磋琢磨する環境も生まれているという。すでに国を横断しての人材異動も始まっている。
「自らの成長を求める優秀な社員に対して、キャリアパスを示すということを重視しています。自国内だけでなくアジア域内での異動も考えてあげる。例えば、インドの人材をオーストラリアに、シンガポールの人材をベトナムに配置してもいい。そうすることで、子会社の社員のモチベーションも上がるはずです」
インドを足がかりに、アフリカへ
ダイキンは、インドで築き上げた生産・販売・サービスというインフラを足がかりに、アフリカへ進出するという。
「気温が50度を超えることもある高外気温のアフリカは、インドと気候が似ているため、ニーズに合った製品を供給しやすい。とくに、東アフリカはインドとのアクセスもよいため、インドの工場で生産して輸出しやすいというメリットもあります。
さらに、アフリカには印僑と呼ばれるインド系移民が数多くおり、印僑コミュニティーが形成されている。東アフリカへは、インドから進出する予定です。その際、印僑コミュニティーのネットワークを活用することで、より確実にビジネスができるはずです」
アフリカでも当然、販売店やサービス網を構築する必要があり、インドにあるトレーニングセンターで東アフリカの人材教育を開始したという。
「アフリカで重要になってくるのは、やはりコスト力です。アフリカは政情も不安定ではありますが、今から準備しておかなければ、中国企業に対抗できません」
自前で「人」を育てながら、アジア・オセアニアで成長を続けるダイキン。アフリカでの今後の展開にも期待がかかる。