『キングダム』に学ぶ次世代の出世術とは? 会社のスペシャリストでは生き残れない!
最新刊となる51巻が7月に発刊され累計発行部数は3500万部を突破し、実写映画化も決定している『キングダム』(集英社)。「ビジネスパーソンが読むべきマンガ」と推薦しているのが早稲田大学ビジネススクール(大学院経営管理研究科)准教授の入山章栄氏だ。
「競争が激しく、不確実性の高い時代を迎えるこれからの日本を予見しているのが『キングダム』の世界です。登場するキャラクターはどれも魅力的で、ビジネスパーソンが目指すべきロールモデルを見つけるには最適です」
しかし、不確実性が高いからこそ、先行きが見えずキャリアパスがうまく描けない人も現実的には多いはず。ビジネスパーソンの等身大の悩みと、『キングダム』の世界観をどのようにリンクさせれば、キャリアアップに生かせるのだろうか。そこで、東洋経済オンラインが実施した「出世意欲を持つ500人のビジネスパーソン」を対象としたアンケート調査の結果を入山氏が分析。前回「『キングダム』に学ぶ上司との理想の関係とは?」で上司との関係や求められる上司像について見てきたが、『キングダム』のシーンやキャラクターを挙げてもらいながら、不確実性が高い日本での「出世のあり方」についてヒントをもらった。
出世して「何をするか」が重要
まず、今の日本では「出世」はどのようにとらえられているのだろうか。アンケート調査で端的に表れているのが「どのくらいまで出世したいか」を問う項目。出世意欲がある500人に聞いたアンケートだが、回答で最も多かったのが「決めていない」で30.2%。「部長」「課長」がそれぞれ16.2%、13.2%と比較的多いが、確固たる目標を定めていない人が多いことがわかる。
入山氏は、この回答を見て、ある人事のスペシャリストに聞いた話を挙げ、日本のビジネスシーンの問題点を指摘した。
「ビジネスをテーマにしたマンガのストーリーで最も多いのが、主人公が『気づいたらポジションを与えられていた』というパターンです。これは、上場企業の社長が就任インタビューで『青天の霹靂(へきれき)です。微力ながら頑張ります』と述べるのと似ています。私の知っている人事のスペシャリストたちも、こうした発言に対して違和感があると言っています。そんな人にトップが務まるのか、というわけです。学級委員長になるのに自分で立候補せず、推薦されて仕方なくやるというノリと通じる部分があります」
経営トップになることを想定して準備を積み重ね、いざトップになったら培ったスキルをフルに生かして経営に取り組むのが欧米の常識だと入山氏は話す。
「『キングダム』の主人公である信も同じです。明確に当初から『大将軍』というポジションを目指し、そのために何をするべきかを軸としてストーリーが展開していきます」
主人公の信は当初は単に大将軍のポジションを目指していただけなのが、トップである秦の若き王、嬴政(えいせい)のビジョンに共感することで目的が肩書からビジョン達成へと変わっていく。その成長プロセスこそ、今の若手ビジネスパーソンにとって「出世のロールモデル」とすべき部分だと入山氏は言う。
「よく学生にも言っているのですが、目標が経営者だとしたら、その肩書を得ることが重要なのではありません。大切なのは『経営者になって何をするか』です。『キングダム』を読んでいると、あらためてそこに気づかされますね」
「会社のスペシャリスト」からの脱却
「何をしたいか」を明確化するには、自分がどのような存在かを知ることも重要だ。アンケート調査では「向いているポジション」を問う項目も盛り込んでおり、最も多かった回答は「ある分野のスペシャリスト」だった。入山氏は、この結果に対して次のように警告を発している。
「スペシャリストになることは非常に重要です。しかし、日本企業は『その会社のスペシャリスト』を生み出す傾向が強いのが問題です。終身雇用制が崩壊した現在、1社だけでキャリアを終える可能性は低いわけですから、どこでも通用するスペシャリストにならなければキャリアアップするのは難しいでしょう」
日本企業が「会社のスペシャリスト」を生み出しがちなのは、採用してから仕事を割り振る「メンバーシップ型雇用」を行っているのも原因だという。企業主導で業務内容が変わるのが前提となっているため、どこでも通用するスキルを磨きにくい。
また、現場の仕事には「答え」があるため、先輩社員のまねをすることが重視される。結果として、自らの市場価値を確かめるすべすらない状態に陥ってしまう。「会社の中での自分の価値はわかっていても、外の世界でどう評価されているのかわからない人が多いのが今の日本の課題」と入山氏は説明する。
「ヨーロッパの企業で顕著ですが、ビジョンからずれてきた事業部を丸ごと他社に売却することがあります。そのとき、社員に対して『ウチにいるよりも、あっちに行ったほうがあなたのバリューを発揮できるよ』と伝えます。社員も自身の市場価値を理解しているので納得できるわけです。アンケートで『出世したい理由』を問う設問に『給与を上げたい』と回答した人が7割以上、『自己成長を促したい』と回答した人が4割近くいましたが、高額な給与や成長を促す環境を得るのに同じ企業にいなければならない理由はありませんので、これからは日本もそうなっていくのではないでしょうか」
多様性のある社会を見せてくれる『キングダム』
では、自らの市場価値を高めるにはどうしたらいいのか。入山氏は、『キングダム』に登場するキャラクターは誰でもベンチマークにできると話す。
「競争が激しく、人材が国境を越えて目まぐるしく動く世界だから、市場価値が高くないと生き抜けません。山賊から秦の将軍になる桓騎(かんき)など、実力さえあればまったく異なる分野でも成功できることを示しています。戦国時代だから武力を持たないと活躍できないわけでもなく、たとえば秦の外交官として血を流さずある国との懸け橋になった蔡沢(さいたく)は、象徴的なキャラクターだと言えます。蔡沢は他国からきた転職組であり、しかし自分の才覚をわかっているため武力で周囲と競るのではなく、ほかがまねできない外交で、秦でも突出する存在となります。『キングダム』がすばらしいのは、これからの日本や世界で起こるであろう出来事を先取りしているところで、また一人ひとりの活躍をしっかり描いているところです」
さまざまな背景を持った魅力的なキャラクターが、それぞれに出世していく様子は、まさにダイバーシティの体現。自らのキャリアと重ね合わせながら、変化の激しい時代で結果を出すすべを示す『キングダム』は、上昇志向を持つビジネスパーソンにとって示唆に富んだマンガであると言える。
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