政府もキャッシュレス決済の普及を後押し
―最近になってキャッシュレス化が急速に進んでいるように感じます。背景にはどのような理由があるのでしょうか。
福本 きっかけの一つは、政府が2014年に閣議決定した「日本再興戦略(改訂2014)」です。訪日インバウンド旅行者の取り込みなどを通じた経済活性化や地方創生の観点からキャッシュレス決済の普及を掲げました。
准主任研究員
福本勇樹(ふくもと ゆうき)
●ニッセイ基礎研究所金融研究部准主任研究員。
2005年住友信託銀行(現・三井住友信託銀行)入社、14年から現職。デリバティブなど複雑な金融商品の時価評価やリスク管理などを専門とするほか、キャッシュレス化の動向についても研究を進めている。
政府はその後、17年の「未来投資戦略2017」において、27年6月までの今後10年間で、クレジットカード、デビットカード、電子マネーによるキャッシュレス決済比率を倍増し、4割程度とすることを目指すとしました。ここでは、ITと金融を融合する「フィンテック」をはじめ、キャッシュレス決済の利便性を高めるテクノロジーの推進、人口減少社会下における業務効率化、ビッグデータの利活用なども掲げられています。
―キャッシュレス化によって、実際にモノが売れるようになるのでしょうか。
福本 米調査会社ムーディーズ・アナリティクスの分析では、キャッシュレス化が1%進むと、GDP(国内総生産)が各国平均で0.1%増え、日本でも0.04%増加するとされています。
理由は以下の2点です。まず、現金であれば財布の中にあるお金の分しか買い物はできませんが、デビットカードであれば銀行の口座にあるお金も使えます。クレジットカードであれば与信分まで拡大します。さらに、現金でモノを買う場合は、店まで行かなければなりませんが、インターネットショップなどでクレジットカードなどを用いれば、遠隔で決済ができます。購買の機会も広げることができるのです。
―訪日インバウンド旅行者の取り込みのためにはキャッシュレス化が重要なのですか。
福本 外国人観光客へのアンケートを見ると、日本に来て不便だと思ったこととして、キャッシュレス決済が使えない、クレジットカードで使えるATMが少なく場所も分からない、といった回答が上位に入っています。キャッシュレス決済が使えるならもっと消費したのではないかと想定するデータも出ています。まさに逸失利益になっているのです。
むろん、日本の消費者にとってもキャッシュレス決済を利用すればATMから引き出す手間やコストが不要になります。また、ポイントやマイルを貯められるのでクレジットカードや電子マネーを使うという人も少なくありません。
―先ほど、キャッシュレス化が人口減少社会下における業務効率化にもつながるというお話でしたが、これはどういうことなのでしょうか。
福本 高齢化が進むと労働人口が減っていきます。小売業では、販売員などの不足が大きな課題になっています。人手不足で店舗が運営できないということが現実に起きています。
一般的に、現金の取り扱いや管理の仕事は熟練の社員に任せたいという店舗が多いようです。その業務を削減できれば、盗難・紛失などの事故を減らすことができるとともに、マーケティング分析や新しいビジネスの企画や立案などに人的リソースを充てることができます。
実際に、あるファミリーレストランではクレジットカードや電子マネーなどでしか料金を支払えない店舗を試験的に開店して注目されています。またキャッシュレスではありませんが、スーパーやコンビニエンスストア、持ち帰り弁当店などで、お客が自分で会計をするセルフレジの導入が進んでいます。
ちなみに、レジ締め作業など、現金の管理には平均30分間くらいかかると言われています。それだけでもその分の給料を支払わなければなりません。それがなくなるだけでも利益に貢献しますし、他の人材を雇用する原資にもなります。
―お話を伺っていると、キャッシュレス決済にはさまざまなメリットがあるように思います。日本ではなぜキャッシュレス化が進んでいないのでしょうか。
福本 キャッシュレス化が進んでいる国では、強盗事件や偽札が多いという特徴があります。日本は治安がいいため現金を持ち歩く不安が小さいのです。
また、卵が先かニワトリが先かという議論にもなりますが、日本ではまだキャッシュレス決済ができる店舗が相対的に少ないということが挙げられます。このため、多くの消費者は、万一、キャッシュレス決済ができない場合に備えて、現金を持ち歩くことになります。前述したファミリーレストランのように、キャッシュレス決済しかできない店舗が増えてくれば、キャッシュレス決済の手段を持っていないほうが不安になるでしょう。最近では多くの人が、電車に乗るときに交通系電子マネーを利用することが当たり前になっているのではないでしょうか。
普及のためには、初期投資や運用コストの低下が必要
―個人商店など小規模の店舗でキャッシュレス決済の普及は進むのでしょうか。
福本 少し時間がかかりそうです。現状、キャッシュレス決済の導入に積極的な店舗は、消費者がそれを利用することでビッグデータを収集し、マーケティングに活用できる大手流通が中心になっています。個人商店など小規模の店舗では、そのような分析ができる人材もいません。現金決済であれば回収が早いため資金繰り面での利点もあります。
ただし、このような店舗でも、レジ締め作業などは必要です。人件費などのコストと比較してキャッシュレス決済でもメリットがあるという判断ができれば小規模の店舗でも導入が進むでしょう。キャッシュレス決済のために必要な端末やインフラの整備にかかる初期投資や、決済手数料などのコストが下がってくればもっと普及が広がると思います。
―日本の経済を活性化させるという観点でもキャッシュレス決済の普及に期待が高まります。
福本 海外ではキャッシュレス決済の場合、税金が還付されるといった取り組みを進めている国もあります。キャッシュレス決済の普及のためには、スマートシティ化なども含め、国全体でキャッシュレス決済が利用しやすいインフラ整備や制度なども必要だと考えます。むろん、単に拡大するだけでなく、審査に通りにくいなどの理由でクレジットカードを持たない高齢者、主婦、学生などの消費者にも優しい仕組みであるべきです。
決済は社会のインフラです。決済が充実した状況でなければそこで動くビジネスも成長しません。日本の発展のためにも、キャッシュレス決済がさらに広がることを期待しています。