意識なく「コモディティ化」してしまう恐怖 身の回りのものにも、「危険」が潜んでいる
今、ホワイトカラーを中心に「人材のコモディティ化」が進んでいるという。通常、コモディティ化と言えば、高付加価値を持っていた商品が競合の台頭により差別化要因が失われることで、一般的な量産品に成り下がってしまうことを指す。これまでも人材市場では、一般的なホワイトカラーのコモディティ化は指摘されてきたが、興味深いのは、高度な専門性を持った知的職業においても同じ現象が進行中であるということだ。
「高給派遣社員化」が進む経営コンサル
まず、人材のコモディティ化について確認しておきたい。エンジェル投資家、経営コンサルタントの顔を持ち、京都大学客員准教授を務める瀧本哲史氏は、2011年の著書『僕は君たちに武器を配りたい』(講談社)の中で、次のように指摘している。
「『コモディティ化』は部品だけの世界の話ではない。労働市場における人材の評価においても、同じことが起きているのである」
「コモディティ化」は一般的に工業製品について使われる言葉だったが、それを人材に当てはめたのが瀧本氏だった。「決められた時間に出社して、決められた仕事を決められた手順で行い、あらかじめ予定していた成果を上げてくれる人」(同著書)をコモディティ化した人材の特徴としている。
競争が激化するばかりのグローバル資本主義社会の中で、企業が生き残るためには企業にとっての合理的な判断をしなければならない。つまり、同じ成果(スペック)であれば、給料(コスト)の安い方を選ばざるをえない。その結果、コモディティ化した人材は安く買いたたかれるという構図が生まれてしまう。そうならないためにも、個人は「武器」を持たなければならないのだ。
そして、そのコモディティ化の波が、高度な専門性を持ったエリートにも押し寄せているという。瀧本氏が語る。
「明確に定義できるスペックがあれば、必ずコモディティ化の方向に向かいます。なぜなら、それはマネができ、量産化できるからです。戦略コンサルティングファームでも、戦略の意思決定にかかわる重要なコンサルティングをするのは一握りの人たちで、それ以外は、時間はかかるけれども頑張ればできるという程度の仕事で使われている。結果的に、コンサルタントの『高給派遣社員化』が急速に進んでいるのです」
同様のことは、日本の中枢、霞が関でも起きようとしている。
「最近では、官僚の世界でも、AIを使って、答弁や法案をシステム化する試みが始まっています。これを冷徹に見れば、法律を扱う官僚の強みを、自分たち自身でコモディティ化しているように見えます。これまで名人芸のように扱われ、誰もマネできないと思われていたものが、意外にもシステム化できるということなのです。つまり、このようなことはほかの世界でもこれからどんどん起こりうる。特に、中途半端なホワイトカラーの人たちは気をつけるべきでしょう」
では、ホワイトカラーがコモディティ化せずに、生き残っていく方法はあるのだろうか。
「たとえば、シリコンバレーの有名な起業家は『競争はバカがするものだ』と言っています。要は、ほかの人と同じことはしないこと。結局は、それに尽きると思います。もっと言えば、みんなと同じ方向の努力をしないということです。ほかの人と異なる視点、ほかの人が考えないような分析方法、ほかの人が参照しないような情報ポイントを持つことが重要になるのです」
ただ、多くのビジネスパーソンは、それがわかっていても、現状から抜け出せない場合が多い。どうすれば、その第一歩を踏み出すことができるのだろうか。
「『この業界ならこのやり方が当たり前』、そんな業界内の常識を疑うことです。以前よりも効率的な方法を見つけ、それを徹底する必要がある。これまで注目されなかったものにこそ、新しい価値を生むチャンスが隠されているのです」
瀧本氏も、大学助手から経営コンサルタントというキャリアを経る中で、コモディティ化を避け、差別化を図ることを意識してきた。
「経営コンサルタント時代、私が目をつけたのは、当時誰もやっていなかったIT企業の新規事業分野でした。周囲との差別化を図るなら、新しくて、まだ誰も答えがわかっていない分野を選ぶべきであり、なおかつ、そうしたことを戦略的に考えることが必要なのです」
身の回りのものでも差別化できる
さらに、人材のコモディティ化を防ぐために気をつけるべきは、仕事内容だけではない。身の回りのもの、つまりファッションやクルマに注意を払うこともプラスに働く。それらは、自分の価値を表すための“武器”になりうるからだ。
「行動経済学的な観点から言えば、人間は、少ない情報で仮説をつくってしまいがちです。顔見知り程度の人を、その人が持っているものや身に付けているもので推測することはありませんか? 知り合いの営業マンは、営業先の人の時計やカバンなどの持ち物を全部チェックしていて、それを会話の糸口につなげつつ、その人の性格を推測していると言います」
これは、身に付けるもので自分の印象をコントロールできることの裏返しでもある。たとえば、ITベンチャーの世界と言えば、Tシャツにデニムといったスタイルが通り相場だが、瀧本氏はあえてスーツを着ることで差別化を図っているという。
「エンジェル投資家の中には、若者を応援するという意味で、ラフな格好をする方も多いのですが、私はそうではなく、ベンチャー企業と大企業の橋渡し役を担う意味でも、スーツを着ています」
瀧本氏が愛用するのは、老舗の生地メーカーが転じたスーツブランド。生地にはこだわっており、見る人が見ればそのよさがわかるというブランドだ。ここで言いたいのは、瀧本氏にならってこだわりのあるブランドを選ぶべき、ということではない。
どのブランドを選ぶかは、個人の問題だ。流行に敏感な人でありたいなら、その時にいちばん支持の高いブランドを選ぶべきだろうし、エスタブリッシュメントたろうとする人は王道とされるブランドを選ぶべきだろう。大事なことは、自分の価値をどう表現したいのかということだ。ただ、「選び方」の傾向はある。瀧本氏が続ける。
「個人として自立し、合理的な判断をする人ほど、成金的でラグジュアリーばかりを追求するものを好まない傾向にあります。自分の考えや価値観に近いブランドや、プロフェッショナルが知っている実質的なものを選びます。そうやって自然と差別化をしているのです」
ファッションもクルマ選びも、誰もが知っている伝統あるブランドを、そのブランド力だけで選択するのではなく、「自分の価値観をどう体現したいのか」という視点を持ち、自分の価値観と合うブランドを選択すべきなのだ。
そう考えると、ビジネスパーソンはつねに主体的に選択し続けることが求められることになる。だが、自分で主体的に考えてこそ、ほかの人とは異なる本当に価値あるものの発見につながり、そして、その発見が自分自身のコモディティ化を防ぐことにつながっていく。