ピース・綾部の米国進出が無謀ではない理由 芸能人の留学が社会人に応用できる点は?

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「専門性の把握→渡航→英語の習得&専門留学→キャリアアップ」というルートは、実際にカウンセリングをしている中でも増えている実感があり、グローバル化に伴い今後さらに増える可能性も高いです。

次に専門留学のようなキャリアだけでなく、帰国後の仕事にも活用できる短期間の「留学」という選択肢は、一般人にもあってもいいのではないかと思います。

やや古いですが、歌手の平井堅さんも2003年に3カ月間、ニューヨークに語学留学をされています。「大きな古時計」の大ヒットの後で、なぜ渡米されたのでしょうか。テレビ番組のインタビューの中で、「当時、歌が思うように歌えなくなった」と告白されるシーンがありました。

ニューヨークの語学学校の中でも、英語を習得しようと教師とも衝突しながら勉強する様は、留学に対する真剣な思いが痛いほど伝わってくるようでした。結果的に、「日本で歌いたい」という新たなモチベーションとともに帰国し、さらなるブレイクにつながっていきます。これは海外というアウェーな環境で孤独と向き合いながら葛藤することで、日本のよさを再発見し、今後の方向性が決まっていくという事例です。

平井堅さんの場合は、英語を習得するという目的がはっきりしていて努力を怠らなかったからこそ、次の進路が開けたのではないでしょうか。計画性を持って努力を忘れずにいることが成功の秘訣です。

「当初の目標達成→新たな挑戦のため渡航→自己の再発見、日本のよさを知る」というルートは、一見遠回りなようで、帰国後の平井さんの活躍を見ると、決してそうではない気がします。

キャリアリセットが成長につながる例もある

筆者が以前留学を担当した、こんな方がいました。Aさん(26歳女性)は大学を卒業後、大手通信会社の営業をしていたのですが、毎月の残業が100時間近くなることもあり、クレームやノルマに追われる日々でした。当時お会いする度、いつも疲れ切った様子だったのを覚えています。彼女は退職を機にカナダのバンクーバーに留学し、英語とホスピタリティを現地で学びました。

海外での生活は、彼女にとってみれば日本に比べて時間的にも(精神的にも)余裕があったため、友達付き合いや休日に自然を満喫したりと、一日一日を享受することができたといいます。帰国後にお会いすると、表情も明るく自信に満ちあふれている感じが伝わってきました。バンクーバー時代に興味を持ったホテル業界に転職することを決意し、その後ホテルで外国人をもてなす仕事を頑張っていらっしゃいます。

今の環境でどうしても行き詰まったときに、海外に行くと人間関係がシンプルになるため、今後の方向性を整理するのには向いているのは事実です。ですが、仕事の中での問題を海外や留学に行けば解決できるというふうに安易に結び付けるのは危険な考え方です。英語を習得するという目的がはっきりしていて、計画性を持って努力を忘れずにいることが成功の秘訣です。

人生100年時代といわれる中、芸能人の留学事例を参考にしつつ社会人後半のバージョンアップのために「留学」を、節目のタイミングで取り入れてみるのもいいかもしれません。

大川 彰一 留学ソムリエ 代表取締役

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おおかわ しょういち / Shoichi Okawa

日本認定留学カウンセラー協会幹事、TAFE Queensland駐日代表。1970年京都市生まれ。セールス&マーケティングに約10年間携わり、カナダに渡航。帰国後、留学カウンセラーとして4年間で約1000名以上の留学やワーキングホリデーに関わる。その後、米国の教育系NPOのアジア統括ディレクターとして約6年間、グローバル人材育成に尽力。海外インターンシップを大学の単位認定科目としての導入に成功、東北復興プロジェクト、アジアの国際協力プログラム開発にも携わる。現在は「留学ソムリエ®︎」として国際教育事業コンサルティングや留学の情報を発信。留学ソムリエの詳細はHPFacebookから。著書に『オトナ留学のススメ』(辰巳出版)。

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