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迷わば挑め。そのコントロール不能な世界へ 羽田圭介 × 博報堂

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「テレビ」という未知の世界に飛び込み、その経験をモチーフにした新作『成功者K』を上梓した芥川賞作家・羽田圭介さん。セルフイメージを意識的に構築している印象もある羽田さんは、“マーケティング上手”に見える反面、自身でコントロールできない不確定なものに挑み続けているようだ。一方、国内外の大学でマーケティングを学んだ博報堂 プラニング局の喜田村夏希さんは、2度の転職を経て「ポジティブな職場」にめぐりあい、商品のマーケティング戦略立案でその実力を発揮している。自身を客観視し、物事を合理的に判断しているように思えるふたり――しかしその対談は、チャレンジする勇気と、試行錯誤の跡が見えるものとなった。

会社員はイージー? それともハード?

――喜田村さんは博報堂に入社して1年あまり、プラニング局で、商品を売るための戦略立案を担当されています。そもそもマーケティングの道に入った理由は?

喜田村夏希氏(以下、喜田村):神戸大学在学中に受講したマーケティング論の先生の講義がとても面白かったんです。その後、語学留学でアメリカに渡ったのですが、語学の勉強だけではすぐに飽きてきてしまって、せっかくだから海外のマーケティングも知りたいなと。それで現地の大学生に勧められたニューヨーク大学で週に2回、ビジネスパーソンたちと一緒にマーケティングプログラムを受けていました。

羽田圭介氏(以下、羽田):大学時代を思い返すと、マーケティングの授業は倍率が高かったですね。1~2年生で社会のことなんかまだ何も分かっていないのに、なぜか人が集まる。その時はもう僕は作家でしたが、それでもやっぱり、なんかカッコいいと思っていました。

喜田村:人の心理なども踏まえながら、“世の中をどう良く変えられるか”というダイナミックな感覚を持ちやすいことが、憧れにつながっているのかもしれません。 

――羽田さんも大学卒業後、一度就職していますね。これは、後の作家活動に経験を活かすためでしょうか?

作家・小説家/羽田圭介 2003年、高校在学中に「黒冷水」で文藝賞を受賞しデビュー。明治大学商学部卒業後、一度就職をするがすぐに専業作家へ。2015年、「スクラップ・アンド・ビルド」で芥川賞を受賞する。近書に「成功者K」がある。

羽田:それもありますが、学歴の関係ない小説家になるのに、なぜ安くない学費を払ってもらって大学を出る必要があったのか……というところで、親を説得するのが面倒くさかったという理由が大きい(笑)。それで就職活動をして、内定を3つくらいもらい、一番メジャーな会社に入りました。当時は正直、「会社、入ったもん勝ちだな」と思いましたね。時間は拘束されるけれど、最初は会社に何の利益ももたらしておらず、どんなに無能でも、1か月働いてやり過ごせばまとまった給料がもらえる。小説だったらまずは書き上げないと原稿料も印税ももらえないし、それに比べると楽だなと。

ただ、いまとなっては会社員も大変だな、と思います。やりたくない仕事を断ったりもできないし、僕も「22時から23時、お台場でなら時間とれます」なんて、無茶なスケジュールに付き合ってもらっていますから。

――そういう意味では、広告会社の仕事は一般的にハードだというイメージがありそうです。喜田村さんは、どんな経緯で博報堂に入社したのでしょうか。

喜田村:以前はコンサルティング会社で働いていて、調査やリサーチから多面的にデータを分析して最適解を探していく、という仕事が主でした。それがあるときブランディングのお仕事を受けることになり、初めて外部の"クリエイティブ・ディレクター"の方とのプロジェクトを経験して、その存在に衝撃を受けました。調査ではく、まず商品の魅力を突き詰めるところからスタートして── 例えば自分自身で使ってみたり、開発者に話しを聞いたり ──そこからその商品がどうあるべきかをまず考えるんです。

博報堂第三プラニング局/喜田村 夏希 神戸大学卒業後、ニューヨーク大学でマーケティングプログラムを修了。大手コンサルティング会社などを経て、クリエイティブにまで広がる世界で活躍したいとの想いから、2016年2月に博報堂に転職。

データから考えることももちろん大切ですが、別の確度からのストーリーが私にはとても新鮮で、自分のプラニングの幅を広げる意味でもそういう方々ともっと仕事がしたい、と思い転職を決めました。実は最初は個人事務所を受けていたのですが、「大きい会社で業界のことを学んだほうがいい」というアドバイスをいただき、博報堂の求人にエントリーしたんです。仕事は確かにハードですが、博報堂は本当に仕事が好きな人が多い。「こんなことがしたい」という明確な目標を持っているから、働くことへの不満をあまり聞いたことがなくて。ポジティブな働き方ができる職場だと思っています。

芥川賞作家が語る、マーケティングの難しさ

――羽田さんは積極的にテレビに出演し、自身で意識的にマーケティング、ブランディングをしている、という印象があります。

羽田:確かに、最初はテレビに出れば宣伝になって、本が売れると思っていました。芥川賞の受賞作は、だいたい初版が5万部で、とりあえず1万部は増刷して合計が6万部、実売はその7割くらいというケースが多い。それが、(2015年に芥川賞を受賞した『スクラップ・アンド・ビルド』は)わりとあっさり10万部を超えて、これはテレビにもっと出るべきだと。けれど、「この番組に出れば、翌日の本の売上が伸びるだろう」と考えたものが全然そうならなかったり、街中で声をかけられても「あの番組観ましたよ(本は一冊も読んでいないけれど)」という人ばかりだったり、やみくもにテレビに出ればいいわけではないということが分かってきて。

そもそも僕は、又吉直樹さんと一緒に芥川賞を受賞して、意外なところから火が点いてしまったようなところもあり、大前提として「コントロール不能だな」と思っているんです。反マーケティング的というか、コントロールしようとせずに、ちょっと恥ずかしいような面も見せてしまえば、自分が思いもよらないところで広がることもあるんじゃないかと。

喜田村:確かに、売れているものが必ずしもマーケティングされているわけではなく、「良い商品をつくれば自然と売れる」というスタンスで、実際に成功されている会社さんもあります。商品の魅力が周囲を自然に動かしてしまうことはあるのではないでしょうか。

羽田:マーケティングって、実際に取り組んでみるとめちゃくちゃ難しいですよね。(最新作『成功者K』の書影が入ったTシャツを指差して)この本を出すときに、プラダやドルチェ&ガッバーナのスーツを着て、外国人美女に挟まれている構図の成金全開の等身大パネルを作ったんです。編集部で「羽田さんがこのパネルを持って街を歩いて、SNSで拡散してもらいましょう!」と盛り上がり、新宿を練り歩いて盗み撮りされるのを待った。それで、100人近くの人たちから実際に撮られはするのですが、誰もツイッターなどにアップしてくれない(笑)。特に若い人たちは、少しでも“企業に利用される”感があると拡散しないんです。大衆とは単純で雑なものではなく、本当は繊細なんだと思いました。

喜田村:おっしゃるとおりで、特に今の若年層は本当に繊細だと思います。情報の有益さも怖さも知っているからこそリスク管理能力が高いですし、「自分がどう見られるか」ということを慎重に考える傾向にあるため、非常に難しいんです。

ブランディングのメリットと“落とし穴”

――新作のお話も出ましたが、『成功者K』は羽田さん自身がモチーフになっていて、やはりマーケティングにつながる俯瞰的/客観的な視点があるように思います。

羽田:そうですね。6割くらいは本当の話なのですが、大事なのは“実際の自分”がどうこうではなく、テレビや新聞、雑誌などさまざまなメディアを通じて、“世間に出回っている自分の情報”とすり合わせることでした。それは本当に細かいところまで考えて、とある雑誌でしか語っていないようなエピソードも入れたりして、「これは実話なんだ」と思われるようにしたんです。

芥川賞を受賞してしばらく、本とはまったく関係ないテレビ番組にいくつか出演して、当時から、収録スタジオの異様な熱気は小説の題材になると思っていました。そうやって“潜入取材”をしていたつもりが、だんだんとそちらに取り込まれていったような感じです。

喜田村:ご自身をブランド化されていますよね。“顔が見える作家”というのは多くないですし、やはり羽田さんのひとつの強みだと思います。

羽田:これも難しいのは、単純に「お金儲けする」だけだったら顔が売れている方が有利かもしれないけれど、「本を売る」という意味では、逆に不利なんじゃないかと思うこともあって。本を読んでいて作者の顔が浮かぶ、というのは邪魔になることもあるだろうし、決まったイメージに縛られていくことになるかもしれない。でも、僕がいまから村上春樹さんみたいに情報を制限して、いきなり新作を出しても、誰もそのことに気づいてくれないでしょうし、どうすればいいのかと。

ただ、こんなふうにも思っていて。最近、車のディーラーを巡るのが趣味になっていて、ポルシェの試乗に行ったんです。いまも後ろにエンジンを積んでいて、レースの世界では理論的に不利なのに、客がそれを望むから、その縛りのなかで進化を目指しているのではないかと。不利だとわかっているリアエンジンを前提としてがんばっているポルシェは、大変そうだけれど、なんかカッコいい。僕は猫でも飼って、思い切りイメージを変えようかと思うこともありますが(笑)。

――喜田村さんから見て、そんな羽田さんを広告に起用するならこんな商品とマッチングがいい、というものはありますか?

喜田村:あくまでメディアを通しての印象ですが、とても合理的で、主観があまり入らない方、というイメージがあります。一般的に女性は「感情を汲んでほしい」と考える傾向が強いので、女性向け商品は合わなそうですよね(笑)。

一方で、男性は理屈で考える傾向が強く、羽田さんへの共感も高いはずです。例えば、健康系の商品であれば、男性向けに栄養や価格の面で合理性を追求して、「どうせコンビニでランチを済ますなら、筋肉のためにタンパク質を!」と提案する『羽田圭介監修:合理ランチ』とかどうでしょうか(笑)。

羽田:なるほど、宇宙食みたいな(笑)。

興味を持ったら、即行動

――最後に、これから博報堂で働きたいと考えている人にメッセージやアドバイスがあればお願いします。

羽田:博報堂で働くことに少しでも興味があるなら、とりあえず採用されるところまで全力でやった方がいいと思います。やらないと分からないものって、たくさんあると思うんですよね。いったん就職しなければ自分がどんな会社に向いているか分からないし、実際にやってみたら楽しいかもしれないことにチャレンジせず、二の足を踏んでいるのはもったいない。試してみて、自分に合っていないと思えば、また別のところに進めばいいんだから、「自分に合っていなかった」という発見も大事だし、自分にとってすばらしい世界が広がっているかもしれないんだから、迷ったり考えたりするより、とりあえずトビラをたたいてみるのがいいんじゃないかと思います。

喜田村:飛び込んでみないとわからないことも多いですよね。私は博報堂が3社目ですが、これまで転職して後悔したことは一度もありません。興味を持ったらまずは動く、と決めています。一度気持ちが盛り下がってしまったら、次にいつチャレンジできるかわかりませんから。

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