イノベーションをもたらす次代のリーダーとして
2017年3月、大阪大学の「超域イノベーション博士課程プログラム」から初めて修了生が社会に旅立つ。

今日の社会が直面する複雑で混沌とした課題を解決し、社会に真のイノベーションをもたらすリーダーとなり得る人材の養成を目指して本プログラムがスタートしたのは、2012年のことだ。博士課程前期・後期の5年一貫学位プログラムでは、限られた分野の専門性の育成に注力する従来の博士課程教育にはない新しい教育を実践する。文系・理系の学問領域を超えて幅広い知識を習得するモジュール型授業、実社会の課題の解決に挑むプロジェクト型学習やワークショップ、国内外での課外活動などを通じて育てるのは、専門を統合する「汎用力」、既存の学問領域や既成概念、国境などの「境域」を超える「俯瞰力」と「独創力」を備えた新しいタイプの「博士人材」だ。
専門分野を持ち、博士号の取得を目指しつつ、5年間のプログラムで育った履修生は、果たしてどのような成果を手にしたのだろうか。
「4年次に実施したインターンシップで『看護のあるべき姿』を考え、それを実現するためのロードマップを提案しました」と成果を語ったのは、冨田耕平さん(医学系研究科)だ。
(医学系研究科)
それにあたって冨田さんは、インターン先企業の協力の下、自ら医療関係者や一般市民、区議会議員などのステークホルダーを集め、「看護のあるべき姿」について考えるワークショップを開催した。
また「プログラムを通じて培ったネットワークを研究対象であり、故郷でもある離島地域で活用したいと思った」と話す松村悠子さん(人間科学研究科)は、教員やプログラムの履修仲間を伴って出身地である長崎県の対馬を訪れ、ワークショップを企画したことを成果の一つに挙げた。
(人間科学研究科)
地元住民に参加を募り、授業で取り組んだ「デザインシンキング」などの手法を活用して地域の懸案であった「買い物弱者」の問題の解決策を考えたという。
特筆に値するのは、二人のいずれも自らの意思と行動力で多くの人を巻き込み、リーダーとなって新たな価値創造や課題解決に挑んだことだ。履修生たちがプログラムの狙いを確かに体得していることがうかがえる。
「超える経験」を通じて専門の研究も変わった
プログラムを通じて履修生は、「国境」という境域も軽々と超えてきた。冨田さんは、産官学民と連携して社会課題の解決に取り組む中長期的なプロジェクト型授業「超域イノベーション総合」で東アフリカのウガンダ共和国を訪れ、ある企業のビジネス戦略策定に取り組んだ。見知らぬ国でのプロジェクトは失敗の連続だったと振り返った冨田さんだが、それらの苦い経験を経て「まずビジョンを描き、その『ゴール』にたどり着くためにマイルストーンを設定する。そうした思考と行動様式が体に叩き込まれました」と話す。
(工学研究科)
(工学研究科)
一方で武居弘泰さん(工学研究科)は、ドイツの研究機関で約2カ月間、研究プロジェクトに参加するという稀有な機会を得て、「世界の先端を走る研究レベルを間近に見たことが、自分の研究に対する自信になりました」と語る。何より武居さんにとっての収穫は、国内外を問わず、数多くの人との出会いだという。「世界中どこにでも行ける。会いたいと願って会えない人はいない。この確信が、これからも臆せず行動する原動力になると思います」。
四人の進路は実に多様だ。より広い視野で社会を見るようになったことで、将来の目標も変わったという井上さんは、「世界の人々のライフスタイルを変革するような仕事をしたいと考えるようになりました」と語る。
「博士号取得のために深めた専門性と、このプログラムで得た多様な力。その両方を持つ自分にしかできないことを成し遂げたい」と展望を語った冨田さんの言葉に「超域イノベーション博士課程プログラム」の目指す「博士人材」の姿が重なる。これからの10年後、20年後の彼らの活躍を通じて、本当の意味で「超域イノベーション博士課程プログラム」の真価が評価されることになる。
column
博士課程プログラム
プログラム責任者
小林 傳司
大学院では、専門性を深くするためにある程度視野を狭くしなければいけません。しかしそれによって、英語で「サイロ・エフェクト」、日本語で言うたこつぼ化が生じがちです。この克服には自らの専門性を反省的に眺めるもう一つの視点が重要になってきます。これは、自分ひとりでは身に付けることができず、異なる立場の他者に出会うことによって身に付くものです。超域イノベーション博士課程プログラムでは、通常の大学院生活では出会えないような他者と出会い、経験できないことを経験できる環境を作ることで、異なるサイロを行き来して、ほかのサイロの状況を伝える文化の翻訳家のような人も生み出せればいいなと考えました。このような人材は大量にはいりませんが、一定数、は要るのです。一割くらいいれば十分だと思います。
このような思いでこのプログラムを修了する履修生たちの話を聴くと、この視点を身に付けてくれているようでとても嬉しく思いました。今後出合うであろうキャリアのターニングポイントで、迷ったとき、躊躇して後悔するよりは、そこに踏み込んで失敗することをあえて選んでほしいです。もし踏み込むことで失敗しても、超域で学んだことによって失敗を糧にするだけの力量は身に付いていると信じます。