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MBAはゴールではない アクセンチュア程近智氏のMBA論

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世界最大級の総合コンサルティングファームであるアクセンチュア。取締役会長の程近智氏は、入社8年目のときに米国のビジネススクールでMBAを取得した。「アクセンチュアを辞めて転職することも考えていた」にもかかわらず、復職したのにはどのような経緯があったのか。MBAで何を得たのか。これからビジネススクールに学ぶ人へのアドバイスもしてもらった。

アクセンチュアを退職し、転職することも視野に米国のビジネススクールへ

 アクセンチュアは長らく好業績が続いている。「デジタルを駆使し、エンド・ツー・エンドでお客様のハイパフォーマンスを実現する」という理念のもと、企業と二人三脚のコンサルティングが成長の背景にある。今回、同社を長らく牽引してきた程会長にお話を伺う機会を得た。テーマは「MBA」である。

Q:程さんは、アクセンチュアに新卒で入社された後、米国コロンビア大学経営大学院に学ばれ、MBAを取得されています。どのようなお考えがあったのでしょうか。

 私は、スタンフォード大学工学部の出身ですが、理系の学部からその先をイメージできずにいた時、たとえばコンサルティング会社ならたくさんのビジネスを見ることができるだろうと考え、アクセンチュアに入社したのです。

そのころから、いつかはビジネススクールに行こうと考えていました。実現したのは入社7年目です。アクアセンチュアではいろいろな企業のビジネスにかかわることができ、特に金融の世界に興味を持つようになりました。ビジネスにおいて、ファイナンスが欠かすことができないものだと感じたのです。

程近智 アクセンチュア会長

コロンビア大学のビジネススクールにはアクセンチュアを休職して行きました。というのは、同スクールを出たら、金融関係の企業に転職することも考えていたからです。ところが当時のアクセンチュアの日本法人の社長から「MBAを学んでいると聞いた。戦略グループを立ち上げるので戻ってこないか」と言われて復職することになったのです。

もともと私も、アクセンチュアが嫌だと思っていたわけではなく、自分のステップアップのために「卒業」することも選択肢に考えていましたが、戻ってやりたい仕事ができるならばと考え、社長のオファーを受けました。

Q:MBAで学んだ知識は、ビジネスの現場で役に立ったのでしょうか。

 結論から言えば、まったく役に立ちませんでした(笑)。2カ月のプロジェクトであれば、最初の1週間はなんとか学んだ知識で切り抜けても、残り9週間はまったく使えませんでしたね。上司にもお客様にも「教科書的だね」と言われるし、「コトラーはこう語っています」と話しても「そんなことは教科書を見れば書いてある」とね。私が書いた提案書もまったく採用されません。50ページほどの提案書を作っても1枚しか使ってもらえないということもありました。プライドはズタズタにされました。

これにはいくつかの要因があったと思います。

まず、私自身に理論と現実の違いに着目する視点が欠けていたことがあります。「なぜこれができないのですか。これは正しいはずです」と言っても、現実は理論通りにはいきません。人材のスキル、会社の社風、抵抗勢力など、できない理由がいろいろあります。例えば教科書に「抵抗勢力は解雇すべき」と書いてあっても、実際には簡単にできるものではありません。

もう1点は、25年前の日本企業は、やはりまだガラパゴスだったということです。もちろん、多くの企業では商品を輸出していました。ところが商品はグローバル化していましたが、企業そのものの変化は遅れていました。現地で生産する企業や、多様な人材によるダイバーシティ的なノウハウを掛け合わせて商品やサービスを作ろうとする企業は少なかったのです。今では当たり前になりつつある、「ESG(Environment:環境、Social:社会、Governance:統治)」などへの関心も高くありませんでした。

人生のステージごとに学びを続け、グローバルに活躍する人材が必要

Q:当時は、「日本には日本流のやり方がある」と語る経営者も少なくありませんでした。その後、日本企業の意識も変わったということですね。程さんは、早稲田大学客員教授も務めていらっしゃいますが、MBA教育も変化しているのでしょうか。

 私が学んだころのMBAは理論が中心でした。その後、国内外の違いを問わず、多くのビジネススクールでは、実務家教員による「ケースメソッド型」の授業を売りにするようになりました。それはそれで役に立つのですが、どのケースを扱っても類型的になりがちという欠点がありました。

最近では、理論回帰というべきか、実務も学びながら理論にもあたるという授業をするところが出てきています。また、収益の最大化を目指すだけでなく、さまざまな観点で企業やビジネスをとらえようとしています。

たとえば、日本には200年以上の歴史を誇る企業がいくつもあります。ただし中には負債が多く利益も少ない企業もあります。従来の理論であれば、淘汰させるのも資本企業の役割とされてきましたが、最近では、本当に存在してはいけないのかといった議論もビジネススクールでなされるようになっています。日本発の理論の誕生も期待されています。

Q:企業のガバナンスやコンプライアンスに対する社会の期待も大きくなっています。社会が変化する中で、ビジネススクールやMBAプログラムも変化しているわけですね。これからMBAの取得を目指す人にその魅力を教えてください。また、アドバイスもお願いします。

 まず大切なのは、何のためにMBAを取得するのかということです。単にタイトルホルダーになるだけでは意味がありません。使いこなすことが大切です。持っているだけではすぐに陳腐化してしまいます。

MBAは〈Master of Business Administration〉の略ですが、経営だけでなく、技術、文化、組織など、さまざまな要素を組み合わせて全体最適を行い最大の価値を出すことを目指します。総合力を実践に移すために何をすべきかを学ぶことができるのがMBAです。

自分のキャリアアップの将来像を描き、その実現のためにMBAを活用してほしいと思います。私は転職の可能性も念頭に置きながらビジネススクールに行きましたが、会社を辞めなくても、現在の勤務先でMBAを生かした仕事ができると思います。日本の企業では、こっそり通っている人も少なくないようですが、上司や会社と相談し、会社公認で人材を送り出す仕組みができるといいですね。

さらに私からアドバイスしたいのは、MBAは決してゴールではないということです。ビジネススクールのプログラムは、AMP(Advanced Management Program)なども用意されています。また、期間についても、2年間のカリキュラムのほか1年間のカリキュラムもあります。国内外の他のビジネススクールとの単位交換プログラムもあります。ぜひ利用したいところです。

人生のステージごとに学べることはいくつもあります。たゆまず学びを続けて、文字どおりグローバルに活躍する人材になってほしいと願っています。