黒木華の頭抜けた演技力はこうして生まれた 突然あらわれてほとんど名人
一見たおやか、実はタフ
「突然あらわれてほとんど名人である」
これは山本夏彦が向田邦子を評した有名な一文だが、黒木華という女優を見ていると、この文章が頭に浮かぶ。
初舞台は2010年。大学在学中に参加した野田秀樹主催のワークショップでオーディションに合格し、NODA・MAP公演に出演。3カ月後には中村勘三郎と野田秀樹との三人芝居「表に出ろいっ!」でヒロインを務め、本格的に女優の道へ。舞台、映画、テレビなどで活躍し、2014年には「小さいおうち」で第64回ベルリン国際映画祭最優秀女優賞(銀熊賞)を受賞。当時、日本人では最年少の23歳。まさに「突然あらわれてほとんど名人」ではないか。
とはいえ演技そのもののキャリアは長い。高校では演劇部で芝居漬けの日々を送り、大学では他技の舞台にも出演していた。
「人見知りなので、あんまり人前に立つことが好きではなくて……。でも、お芝居をしていると褒めてくれたり見てくれる人がいて、舞台の上は自分がいてもいい空間だと思えたんです。だから居心地がよくて、それが続けたいと思ったきっかけです」
学生時代、ずっと演劇を続けてきた理由を尋ねると、やわらかな口調で返ってきた。優しいトーンの声が、しっかりと耳に届く。彼女曰く“自分の中でのはじまり”だったのは、高校一年のときに演じた「赤鬼」の主役だという。初めて見た舞台も彼女自身の初舞台も、すべて野田秀樹作品。なにかと縁の深い野田作品の魅力を彼女はこう語る。
「とにかくワクワクするんです。難しく見ようと思えばそれもできるんですが、高校生の私が初めて『贋作・罪と罰』を見たときには、ただただ圧倒されて、ワクワクしたし、笑えるし、古臭くないし。だから自分が出る側になれたときは、本当に嬉しかったですね。完成した舞台だけじゃなくて、それが出来あがっていく過程も見られて、とにかく楽しかった。野田さんと勘三郎さんとの三人芝居のときも、あの年代の人たちがまじめにふざけてる姿を間近で見られるなんて、こんな贅沢な時間はないって毎日思ってました」
はずんだ声で目をキラキラさせて語る姿からは、お芝居が好きでたまらない、当時の彼女の高揚感が伝わってくるようだ。弱冠20歳で、演劇界・歌舞伎界の大御所と三人芝居。かなりのプレッシャーだと思うが、きっと純粋に楽しんでいたのだろう。