インドネシア新幹線、「白紙撤回」の裏事情 手痛い失敗から日本は何を学ぶべきか

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もう1つ、注目すべきポイントがある。それは「時速200~250キロメートルで十分だから、コストを30〜40%下げてほしい」という点である。速度は速いに超したことはない。ただ、高速運転にはその分だけカネがかかる。安全面や環境面の要求が高くなるからだ。

ジャカルタ―バンドン間の144キロメートルは、日本でいえば東京―新富士間に相当する。この程度の距離なら、時速200キロメートルと300キロメートルで所要時間にそう大きな違いはない。それなら事業費が安いほうがいい、というわけだ。

スピード至上主義は過去のものに

ほんの少し前まで、世界の高速鉄道は時速350キロメートル、380キロメートルと、高速化の一途をたどっていた。だが、世界を見渡すと、そのスピード一辺倒の姿勢が変わりつつある。

7月7~10日に東京国際フォーラムで開催された「世界高速鉄道会議」の席上で、TGVを擁するフランス国鉄のギョーム・ペピCEOは、「スピードよりも運賃を重視する必要がある」と発言している。TGVは目下、高速バスや格安航空との競争にさらされている。対抗策として選んだのは、速度アップではなく、運賃の引き下げだった。

また、ドイツの大手メーカー・シーメンスがドイツ鉄道向けに開発中の新型高速鉄道車両「ICx」の最高速度は、時速230~250キロメートルにとどまる。速度は抑える代わりに高速化に伴う線路の改良負担を減らし、乗り入れ可能な都市を増やすことを狙ったものだ。

今回のインドネシアも建設コストを抑えるために速度抑制を要求したのだとすれば、スピード以外にも目を向け始めた世界のトレンドと合致していることになる。

では、インドネシアの方針転換は日本に有利となるのか。短期間で一気に高速鉄道網を拡大し、日本を上回る時速380キロメートル運転を行った中国と違い、日本は時速210キロメートルからスタートして、50年かけて現在の時速320キロメートル運転にこぎつけた。その意味では、時速200~320キロメートルのあらゆる速度帯で日本には多くの経験があるといえる。

あとは、速度抑制に見合うコスト削減を行えるかどうかに尽きる。建設費を減らすことができれば、運賃を安くする余地が生まれる。つまり、より多くの需要が見込めることになる。また、毎年の減価償却費も少なく抑えられるので、収益性が高まる。借入金の返済も容易になる。

高速鉄道というと、華やかなイメージが先行し、受注の行方に一喜一憂しがち。だが本当に重要なのは、開業後に予想どおり利用者が増え、投下した資金を回収できるかどうかである。日本の新幹線方式が導入の最右翼とされる、インドのムンバイ―アーメダバード間の高速鉄道でも、インドネシアとまったく同じことがいえるのだ。

大坂 直樹 東洋経済 記者

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おおさか なおき / Naoki Osaka

1963年函館生まれ埼玉育ち。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。生命保険会社の国際部やブリュッセル駐在の後、2000年東洋経済新報社入社。週刊東洋経済副編集長、会社四季報副編集長を経て東洋経済オンライン「鉄道最前線」を立ち上げる。製造業から小売業まで幅広い取材経験を基に現在は鉄道業界の記事を積極的に執筆。JR全線完乗。日本証券アナリスト協会検定会員。国際公認投資アナリスト。東京五輪・パラにボランティア参加。プレスチームの一員として国内外の報道対応に奔走したのは貴重な経験。

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