だから経済学は「科学」として扱われない 「世界を破綻させた経済学者たち」を読む

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経済学者は、経済学と価値観を切り離すことで経済学を科学にしようと努めてきたが・・・(写真:Yury Kisialiou/PIXTA)

経済学は本当に科学なのかと鋭く問う

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経済学者にとっても一般読者にとっても、極めて挑発的な本である。著者は「経済学は本当に科学なのか」と問いかける。評者も同じ思いを抱いている。10名の経済学者がいれば10の分析が存在する。これは自然科学ではありえない。著者はさらに経済学者は「物理学が煎じ詰めれば数学と同じであるように、経済学もそうであっていいのではないか」と思っていると考え、その方法論を批判する。

保守派でノーベル経済学賞受賞者のロバート・ルーカスは「経済理論上の問題を数学的に表現できなければ、正しい道を歩んでいるとは言えない」と語っている。これに対し著者は「ありもしない数学的精密性を追求し、根拠薄弱な前提を土台にしている」「経済学の信憑性に疑問がある」と、主流派経済学の有効性に疑問を投げかける。

経済学者は、経済学と価値観を切り離すことで経済学を科学にしようと努めてきた。だが、経済学はイデオロギーと無縁ではありえない。主流派経済学はアダム・スミスの「見えざる手」の理論に依拠している。大恐慌での市場の失敗で信用が失墜した古典派は1980年以降、再び主流派へと返り咲いた。著者は、「見えざる手」の理論は「明らかに欠陥があるにもかかわらず、エレガントさという強い魅力ゆえに絶大な影響力を持ち続けてきた」と指摘する。

古典派経済学は、現在ではネオリベラリズム、リバタリアニズム、供給サイドの経済学と異なった衣を着て登場している。この理論を信奉すると「自由放任主義型の統治モデルに、すなわち経済に対する政府の介入を最小限に抑えるべきだとする考えに引き寄せられる」。極めて政治的、イデオロギー的傾向を持った理論なのである。

著者は、古典派理論の復活を果たしたのはミルトン・フリードマンであるが、それは単なる古典派への回帰ではなく、「新古典派経済学をいっそう純化させ、政府による経済への介入を劇的に縮小すべきだという新しい経済思想」にしたと書く。古典派経済学の復興は政治的な保守主義の台頭と重なり合う。フリードマンの多くの間違いにもかかわらず、多くの主流派経済学者は「フリードマンの召使になりさがっている」と批判する。主流派経済学の七つの誤った理論が、資産バブルや長期不況、貧富の格差拡大などの問題を引き起こしたと分析する。

ではどうすれば経済学者は責任を果たせるのか。著者は、経済学を科学として取り扱うことをやめるべきだと主張し、歴史的な研究や他の社会科学との協働の必要性を説く。いつまでも経済問題を解決できない経済学者はどう反論するのだろうか。

著者
ジェフ・マドリック(Jeff Madrick)
ジャーナリスト。米ニューヨーク大学、米ハーバード大学で経済学を学び、金融経済学の修士号を取得。経済コラムニストとして活躍し、現在は『The New York Review of Books』のレギュラー寄稿者、『Challenge Magazine』の編集者を務める。

 

中岡 望 ジャーナリスト

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なかおか・のぞむ / Nozomu Nakaoka

国際基督教大学卒。東洋経済新報社編集委員、米ハーバード大学客員研究員、東洋英和女学院大学教授などを歴任。専攻は米国政治思想、マクロ経済学。著書に『アメリカ保守革命』。

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