インド仏教を率いる日本人僧侶の破天荒人生 1億人の仏教徒は、なぜ彼を慕うのか

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ところが、佐々井氏はタイでも問題を起こす。中国人女性、タイ人女性と立て続けに恋仲になったのだ。仏教国のタイでは、僧侶は女性に手を触れてはいけないし、女性も手を触れようとしない。しかし、佐々井氏は「俺は日本人だ」と開き直った。タイには、ほかの日本人僧侶もいる。恋にかまける佐々井氏の行動は筒抜けで、当然のように問題視された。挙句の果てに、恋人から結婚を迫られて居心地の悪くなった佐々井氏は、閃いた。

「そうだ、インドへ行こう!」

時折見せる笑顔も豪快だ

仏教発祥の地インドで一から出直そうと決めて、一度、日本に帰ってこいという師匠の言葉も無視して、インドに渡った。当時の心境を尋ねると、佐々井氏はいたずら小僧のような表情で「タイからの脱出を目指したわけだ」と言ってガハハッと豪快に笑った。

不思議な体験に導かれてナグプールへ

なかば冗談のような理由でインドに行った佐々井氏が、後にインド仏教徒1億人を率いるリーダーになるのは、ある出来事がきっかけだった。ビハール州にある日本山妙法寺を訪ねて修行を再開したところ、ある満月の夜、龍樹(りゅうじゅ)と名乗る人物がこつ然と現れ、「南天龍宮城へ行け」と佐々井氏に告げたという。龍樹とは大乗仏教の創始者の名前で、運命的なものを感じた佐々井氏は、ヒンズー語で龍宮城にあたるインドのナグプールに向かった。

龍樹の出現について、佐々井氏は「夢でも見たのだろうと言われるが、夢じゃない。実際に見たんだ」と断言する。にわかには現実と思えないのだが、佐々井氏にとっては確かな体験であり、実際にナグプールに行ってから佐々井氏の人生は大きく変化していった。

インド仏教の最重要人物、アンベードカル博士。カーストの最底辺である不可触民出身でありながら苦学の末に立身出世を遂げ、インド独立の際の新憲法の起草者としてカースト制度の廃止を明記した伝説的な人物だ。1956年、博士がおよそ30万人の不可触民とともに仏教への大改宗式を開催したのがナグプールだった。改宗式から2カ月後、博士は不慮の死を遂げるが、大改宗式以来、ナグプールはインド仏教の中心地になっており、佐々井氏は、同地で初めてインド仏教復興の礎となった博士の存在を知った。同時に、自分が見た龍樹と博士の見た目がそっくりだったことから不思議な縁を感じた。そして、井戸や水道すら使わせてもらえず、泥水をすするしかない不可触民の現実を目の当たりにして、仏教への改宗による不可触民の解放運動と仏教の復興にのめり込んでいったのである。

佐々井は、龍樹の導きでナグプールに出向き、アンベードガルを知り、活動を引き継いだことを「使命を得た」と言い表す。「おれはイノシシと同じ。走り出したらまっすぐしか見えないからね」と笑う佐々井氏にとって、もしかすると初めて人生を懸けようと思える使命との出会いだったのかもしれない。

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