インド仏教を率いる日本人僧侶の破天荒人生 1億人の仏教徒は、なぜ彼を慕うのか

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「反骨精神はずっと持ち続けている」

佐々井氏の人生を一言で表すなら、破天荒。激しく、一途で、打算のない性格を表す、わかりやすいエピソードがある。

「私が10歳になる直前に終戦した。その日の夜、みんなが寝静まった頃に、白墨で村中の壁に書いて回ったんだ。『戦争に負けていきびだ』と。いきびとは、いい気味だという意味だ。たくさんの人が亡くなった戦争を始めたやつ、それをあおったやつに向けて書いた。いま考えても、なぜそういうことをしたのだろうと疑問に思うのですが、いわば持って生まれた反骨精神だと思う。翌日、大人たちに袋叩きにされて顔がぼこぼこに腫れあがったけども、その反骨精神はいまもずっと持ち続けている」

自殺未遂を繰り返した青春時代

この反骨心の影響か、岡山県出身の佐々井氏の若かりし頃は波乱に満ちたものだった。中学2年の時に裏山で転落し、九死に一生を得たものの体調が回復せず、中学3年の時には1日も登校できなかった。佐々井氏は当時を「力がなくなって、頭がぜんぜん働かなくなって、何をしてもダメになった」と振り返る。次第に劣等感に苛まされるようになり、「人間は醜い肉の塊に過ぎない」という虚無主義的な苦悩も湧いてきた。なんとか気力を取り戻そうと上京までしたが、負の感情に流されるままに道を踏み外した。

「戦争が終わって間もないから、駅に浮浪児がいっぱいおるんですよ。そういうのと一緒に、浅草の観音堂の下に寝たりしていました。血を売ったら、血が薄くなってフラフラになって倒れたこともある。汚名を着せられて、少年院にも入った」

身体はある程度元気になったものの、何をやってもうまくいかず、東京で丁稚奉公をしたり、故郷に戻ったりの繰り返し。心に平穏を得るためにあらゆる宗教書を読み漁ったが、それも効果なし。18歳の時には恋愛問題がこじれて船から飛び降りようとし、24歳の時には思うようにいかない人生に途方に暮れて、「仏にすがろう」と僧侶を目指すも、学歴を理由に各地で門前払いされて失望し、大菩薩峠で自殺未遂を起こしている。

師匠の勧めでタイへ留学

高尾山薬王院で仏門に入るがーー(写真:tomokopine / PIXTA)

その後、縁あって高尾山薬王院で仏門に入ることができたが、佐々井氏の激情は収まることをしらなかった。修行に熱心になり過ぎて、深夜、山に登って大声で念仏を唱えていたら、老僧たちから「うるさくて眠れない」と苦情がくる。師匠の勧めで仏教系大学の聴講生になれば、女学生と恋に落ちて思い悩む。キリスト教など幅広く宗教を学んでいるうちに「神と仏、どちらが苦しみから救ってくれるのか」という問いにとらわれ、答えが見つからないことに絶望し、3度目の自殺未遂を起こす。

それでも、誰よりも本気で修行に取り組んでいたことを見込んで、師匠は寺が費用を負担する形で仏教国・タイへの留学を勧めたのだが、佐々井氏はそれも拒否した。

「今の坊主は、自分の宗派のことしか知らない。でも、昔の坊さんはそうじゃなかった。八宗見学といって、日本の代表的な仏教の八宗を訪ねて、討論して、荒らしまわるような坊主がおったんだ。私も10年間勉強したら、各宗の道場荒らしをやろうと思っていたから、ほかの立派な先輩方をタイにやってくれと頼んだよ」

当時、滅多になかった海外留学の話を、いずれ道場荒らしをしたいからと断る僧侶など、ほかにいなかったことだろう。師匠は、この仏道に没頭する姿勢を高く評価しており、「ほかの坊主は職業坊主だ。お前しかいない」と強く説得。佐々井氏は「これ以上、師匠の勧めに背くわけにはいかない」と渋々タイ行きを決めた。

次ページタイに渡ってからも破天荒は続く
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