弁護士がプロボクサーという草鞋も履くワケ 3人の「兼業弁護士」が考える仕事観とは?

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司法試験は1回目の受験で合格出来ないまま早期退職し、2回目で合格、当初構想から1年遅れで開業した。開業した場所は実家と同じ守山市内。即独である。「年齢を考えると早く独立したほうがいいし、即独した先輩弁護士に話を聞き、自分でもやれそうだと思った」という。

円城弁護士、もう一つの顔。

開業から2年あまりが過ぎ、現在の業務の中心は離婚や相続、交通事故などの一般民事。ロースクールの教官の薦めに従い、開業時にホームページに思い切った投資をした効果で、ネット経由の相談依頼は順調に推移した。自分の地元で相談がしにくいからと、隣県から相談に来る依頼者もいる。

加えて、「父が中学の教員を兼務する住職だったので、教え子の紹介経由の相談も少なくない。実家の寺の信用が大きなアドバンテージになっている」という。一方円城弁護士自身も、僧侶として実家の繁忙期にお経を上げたり、座禅会の手伝いをするなどの形で活動をし、「何らかの形でお寺に関わる」という両親との約束も守っている。

今後、効果的な宣伝方法を考えて伸ばしたいと考えているのが、お寺関連の相談である。檀家とトラブルになったり、お寺自体を乗っ取られそうになったりと、さまざまな悩みを抱える住職は少なくない。「少なくとも専門用語や仏教界の慣習などについて、説明なしに通じるというだけでアドバンテージがある」という。

旧試2回、新試2回の不合格の末に合格

もう一つの仕事が弁護士としてのアドバンテージになっている円城弁護士とは対照的に、これから紹介する2人は、「好きなこと」と弁護士業務を何とか両立させていると言ったほうがいい。

2人目はプロレスラーの仕事を兼業する川邉賢一郎弁護士(65期)。リング名は「竜剛馬」。見た目が似ていた剛竜馬をまねた。神奈川の名門・栄光学園から東大法学部、東大法科大学院既修コースを経て司法試験合格という経歴からは、挫折知らずのスーパーエリートを想像するが、実際にはかなりの紆余曲折があった。

川邉賢一郎弁護士

まず栄光学園での6年間は硬式庭球部に所属しながらレギュラーとは無縁。中学3年のとき、社会見学で裁判を傍聴したことをきっかけに弁護士を志し、東大法学部には現役合格したが、入学してみると同級生の優秀さに愕然とした。

東大法学部は「上位3割はまったく別格」なのだという。ただ優秀なだけではなく努力もする。授業中に優秀な同級生が教官にする質問の意味が、何回か後の授業でようやく理解できるといった状態だった。

2年時にドイツ語の単位が取得出来ず留年。司法試験は旧試を4年の時と翌年の2回受験したがいずれも不合格。心機一転、ロースクールで出直そうと考え、東大ローに進むが、卒業後に2度受けた試験はいずれも不合格。三振という現実とともに、地方公務員試験の受験資格の上限年齢も迫った。

旧試、新試ともに2度ずつの不合格について、川邉弁護士は「その時は勉強しているつもりでいたけれど、ほかのことに時間をとられ、周囲からは圧倒的に勉強不足だと見られていて、実際その通りだった」と言う。

その「時間をとられたほかのこと」の大部分を占めていたのが、プロレスである。高校時代、教室でプロレスごっこをやるのが最高の楽しみだったという川邉弁護士。東大にはプロレスサークルがなく、極真空手部に入部したが、2年になって一橋大学にプロレスサークルがあることを知り、「掛け持ちでは極真空手の指導者に失礼だと思い」、一橋のプロレスサークル一本に絞った。

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