「普通の子」の犯罪を引き起こす緩やかなプレッシャー

碓井真史
碓井真史 (うすい・まふみ)
1959年東京墨田区下町生まれ。日本大学大学院文学研究科博士後期課程修了。新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科教授。新潟市スクールカウンセラー。専門は社会心理学。テレビ出演は「視点論点」「あさイチ」「めざまし8」「サンデーモーニング」「ミヤネ屋」「NEWS ZERO」「ホンマでっか!?TV」「チコちゃんに叱られる!」など。著書は『あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からのいのちのメッセージ』『誰でもいいから殺したかった:追い詰められた青少年の心理』『ふつうの家庭から生まれる犯罪者』など多数
(画像は本人提供)

2023年1月から12月に、殺人・強盗・放火・不同意性交などの犯罪で検挙された人数は、14歳以上20歳未満で606人。暴行、傷害、詐欺など刑法犯の総数では同1万8949人にのぼる(警察庁令和5年1~12月犯罪統計より)。

刑法犯罪に手を染めるのは、普段から非行を繰り返している少年少女に限らない。学校や家庭での行動や態度に問題はなく「普通の子」とされる少年少女の中にも、犯罪に手を染める子がいる。碓井教授は未成年による犯罪のパターンについて、次のように説明する。

「1つは、『不良』と呼ばれる子による犯罪です。わかりやすく言えば、家庭環境に恵まれずにグレてしまい、学校の成績も悪い子が、反社会的なふるまいの延長線で罪を犯してしまうパターンです。もう1つは、周囲から『普通』という印象を持たれている子の犯罪です。行動も常識的で成績も悪くない、挨拶もきちんとできる、いわゆる『不良』ではない子にもかかわらず、突発的に殺人などの凶悪犯罪を起こすことがあります」

「普通」の子の犯罪の多くに共通しているのは、突発的に凶悪犯罪を起こすことだと碓井教授は話す。もちろん、すべての子の特性を不良と普通の2タイプに分類できるわけではないが、「普通」の子は普通であるがゆえに、犯罪の予兆を感じさせるサインを出さないため、未然の対策を講じにくい難しさがあるという。

「表面上は問題がないように見える子も、内面的なストレスや抑圧された感情が蓄積している場合があります。犯罪を起こす背景には、家庭内外の過大な期待とそれに伴うストレスなど、さまざまな心理的プレッシャーが存在します。これらのプレッシャーによるストレスを健全に発散する方法を見つけられないままでいると、ある日、感情が突然爆発してしまうことにつながりかねません」

碓井教授が不穏な兆候だと懸念するのは、親からの「緩やかなプレッシャー」にさらされた子が凶悪犯罪を起こすケースが、日本でたびたび見受けられることだ。親による虐待や過度な教育、あるいは育児放棄に該当するわけでもなく、ごく一般的な教育的指導が裏目に出ることがあると指摘する。

「教育の程度の問題と、親子の相性の問題があります。『宿題をしなさい』『早く寝なさい』などの声掛けはどの親もしますし、大抵の子どもは上手に受け流したり、反発できたりするものです。しかし、親の中には『こうしなければならぬ』という思いが強すぎて、言葉をかける頻度が多い人がいます。それと同時に子どもの性格的に、親に強く反発したり受け流したりできないとなると、親子の相性が悪いです。はたから見れば緩やかなプレッシャーに思える教育であっても、子には強いプレッシャーにつながることがあります」

親子の境界線を意識し、子の人生を尊重する

わが子に期待しない親はいないが、期待が仇となる可能性も否定できない。親としては身動きが取れなくなりそうだが、「この子にはこの子の人生がある」と割り切った発想を持つことがポイントだと碓井教授は説明する。

「日本のように学歴重視の社会では、子への教育的プレッシャーが大きくなりがちです。子に対して高すぎる期待を持つ親の場合、親自身が外からのプレッシャーを受けているケースもあります。社会と親の両方からプレッシャーを受けることで、精神的に不安定になる子もいます。まずは、親が心の余裕をもって、子の特性を理解し、そのうえで最適な環境と支援を提供することが大切です」

しかし、理屈ではわかっていても、固定観念が強く「これくらいできて当然だ」と自分の感覚を疑わない親もいる。例えば、一族全員が一流大学を卒業しているなど、学力的に優秀な家系出身の親は、「勉強して成績が上がらないわけがない」と信じて疑わない傾向にあるという。思い込みに無自覚な親による子への「静かな抑圧」は、子の犯罪行動を引き起こすリスクの1つだといえる。

「自分と他人の境界線のことを『バウンダリー』と言いますが、子が乳幼児の頃は物理的・心理的なバウンダリーが曖昧です。通常は子の成長に従って明確になりますが、親がバウンダリーを引けないケースがあります。子が思春期を迎える頃には親が『自分と子どもは別の人間』だと自覚することが大切です」

親子のバウンダリーを意識したうえで、子が目標に対して自発的に挑戦する姿を応援し、仮に挑戦が目標に届かなかったとしても、揺るぎない愛情を示すことが重要だという。しかし、親自身が「子に対する愛情表現」を苦手としていることもあると碓井教授は指摘する。

「いわゆる『母さんが夜なべで手袋を編んでくれた』時代は、親の愛情が子に伝わりやすかったのですが、今は愛情に基づく親の行動が伝わりにくい時代です。また、高度な育児理論を学んでいたり、知育道具を与えたりはするのに、ただシンプルに『子を愛しいと感じたときに抱きしめる』というような素朴な愛情表現が苦手な親もいます。原始的な愛情表現が下手になった親と、解釈の仕方が下手になった子が組み合わさると、親の愛情を疑ったまま精神的に不安定な状態で成長することになります」

母性的・父性的なかかわりが子の健全な成長を促す

親が子に対して明確に愛情を表現すると、子は安定した自己像を形成し、健全な人間関係を築くことができる。しかし、愛情表現が不器用な親は子に混乱を与え、否定的な自己観を持たせる原因となることもある。その副作用として、成長段階で直面する悔しさや腹立たしさを乗り越える胆力を持てずに、一般的にはささいなことだと思われるようなことがきっかけで、犯罪を引き起こしてしまう可能性も否定できないという。

とくに現代の日本には、「失敗しても愛してくれる存在がいる」ことを感覚的に確信できない子どもが大量に存在すると碓井教授は警鐘を鳴らす。

「親から子へのかかわり方のうち、親子の愛着形成に影響するとされているものに、『母性的対応』と『父性的対応』があります。母性的対応は子を無条件に包み込むようなかかわりで、子の精神的安定の基盤となる温かさです。一方、父性的対応は子の自立心を育むために物事への挑戦を促す厳しさのことを指します。なお、これは『母性的対応は母親の役割』などと性別を限定するものではありません。ひとり親でも両方の対応を兼ね備えることができますし、祖父母など両親以外の身近な大人が担うこともできます」

ポイントは母性的な優しさと父性的な厳しさのバランスが取れていることだという。このバランスが取れた環境での子育ては、子が自己肯定感を持ち、社会的な挑戦に立ち向かう力を育む基盤になる。

未成年の凶悪犯罪をニュースで知るたびに、自分の子は大丈夫だろうかと不安がよぎる親もいるだろう。しかし、この不安を抱えることは決して珍しいことではなく、むしろ親として自然な感情ではないだろうか。大切なのは、その不安を正面から受け止め、子どもたちが健全に成長できるよう、愛情深く、かつバランスの取れた支援を提供することだ。親としてできることは限られているが、子どもが自分の道を見つけ、歩んでいくための強い基盤を築くことが重要なのだろう。最後に碓井教授はこうメッセージをおくる。

「私は、若者がどのような道を選んでも美しい花を咲かせると確信しています。たとえ、親が望む道に進まなかったとしても、その子の人生を応援し、誇りに思う関係を築くこと。その姿勢を大切にしてほしいです」

(文:末吉陽子、 注記のない写真:’90 Bantam / PIXTA)