県知事が感じている「青森県の教育課題」

──2023年6月の青森県知事就任後、教育改革や子ども施策に精力的に取り組んでいらっしゃいますが、県内にはどのような教育課題があるのでしょうか。

私は小・中学校や高等学校に行く機会が多く、そこで常々感じていることが、教育改革や子ども施策に対する私の原動力になっています。

現場で先生、保護者、子どもの話を聞くとそれぞれに大変不満があり、昭和の教育から変わっていないのではないかと感じることが多いです。一方で、子育てにおいては相対的な貧困が進み、親も子も孤立しており、温かい地域や家庭といった昭和にあったよい部分が失われているように思います。

そのため、まず必要なのは、子どもをもっと信頼すること。そして、子どもたちを真ん中に置いてその成長を支援する仕組みを、学校・家庭・地域が連携して作ること。これは全国的な課題かもしれませんが、今の青森県にとって重要な点であると考えています。

とくに学校に最先端のテクノロジーや子どもたちに信頼を置いた教育プログラムが整っているとはいえません。子どもたちが大人になった時、今ある知識は古くなって使えなくなる可能性があります。

だからこそ、必要なのは普遍的な知識を知恵に昇華させていく力。その力を育むためにも、チョーク&トークの一斉授業に留まらない、子どもが自ら問いを立てて学びを獲得していけるような環境を整えてあげたいなと思っています。

先生の負担軽減には「金八ギャップ」の解消が重要

──青森県知事に就任してすぐ、教育界の名だたる有識者を集め、知事直轄の会議体となる「青森県教育改革有識者会議」(以下、有識者会議)を設置されました。その狙いについてお聞かせください。

2014年に一部改正された「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」により、知事が総合的な施策や方針を定めた教育大綱を策定することになりました。だからと言って、知事としての思想信条や思い込みで教育改革を達成しようとするのは間違いだと思いますし、現場はついてきません。そこで、全国の教育現場で実践されている方々のご意見を伺ったうえで方針を示そうと、有識者会議を立ち上げました。

青森県教育改革有識者会議の様子

──有識者会議では教員や保護者を対象に青森県の教育に関するアンケートを実施・公表していますが、回答をご覧になっていかがでしたか。

アンケートの回答はすべて見ました。私はむつ市長時代を含めて10年にわたり、首長としてさまざまな声を伺ってきましたが、改めて「これほど現場は悩んでいるのか」と胸と頭が痛くなる思いでした。私も子を持つ親ですから、同じような悩みを抱えている親御さんが多いことも感じました。

教員の方々の回答で印象に残っているのが、職場の人間関係の悩みが多いこと。学校現場には先生の相談相手が少ないので、現場の心理的安全性の確保、その中での対話やマネジメントが求められていると思いました。また、学校や先生に対する保護者からの強い不満も多かったです。

アンケートだけでは詳しい原因分析はできませんが、現場のフラストレーションがかなり高まっているのは確かであり、大きな課題としては、先生が担う必要のない仕事まで抱えている現状が改めて見えてきました。先生の自己犠牲のうえに成り立つシステムは持続可能ではありませんから、先生の役割の明確化が必要だと思います。

私は、個人的にドラマ「3年B組金八先生」が大好きなのですが、この何でもやりすぎてしまう昭和の先生像を理想像としてしまうと、さまざまな誤解が生じると感じています。言ってみれば「金八ギャップ」ですね。これを解消するのが今の時代に必要な教育改革だと考えています。

大学時代から志を持って専門的に勉強し、日々実践で技術を磨いていらっしゃる先生方を私はリスペクトしています。だから、先生方が本来の専門性を発揮する環境をいかに私たちが作っていくかが大事だと考えています。

まずは、本来は先生が担うべきではない役割をいったん切り離し、先生が専門性を発揮できる環境にする。こうした金八ギャップの解消により、逆説的に金八先生のように人間性を大いに発揮できる先生も自然と増えるのではないかと考えています。

DXを横串に市町村連携、目的は「働き方改革」

──有識者会議の提言を踏まえて教育大綱(2024~2028年度)を策定し、2024年3月末に公表されました。ポイントについてお聞かせください。

ポイントは、「めざす教育」として示した「こどもまんなか青森」の一言に集約されています。

「青森県教育施策の大綱(あおもり未来教育ビジョンVer.1.0)」

教育というのものは、学校のあり方、先生の働き方、地域の関わり方、生きる力など、いろいろな側面があり、大綱にもさまざまな方向性を盛り込みましたが、これらは何のためにやるのかといえば、子どもたちの未来のため。

そこで、「こどもまんなか青森」を県の公教育の大きな軸として掲げ、宣言したのです。県教委も市町村教委も学校も、これを軸にそれぞれの方針を策定してほしいと思っています。

──教育大綱では、学校教育改革の3つの柱として「学校の働き方改革、教職員のウェルビーイング向上(教職員の余白づくり)」「教育DX、学びの環境アップデート(こどもたちの学びの環境づくり)」「学校の経営力強化(教育改革の出発点)」が挙げられています。2024年度は具体的にどのような取り組みを重点的に進めるのでしょうか。

事業としては、まずDXを横串に、県教育委員会と市町村教育委員会の連携を進めます。青森県はデジタル化が遅れており、統合型校務支援システムの整備率は全国平均86.8%に比べ、青森県は49.2%と非常に低い。人口の多い青森市や八戸市の導入率は100%ですが、0%の市町村が非常に多く、差が大きいのです。

そのため市町村連携を始めるわけですが、目的は学校の働き方改革です。このほか、学校の経営力を強化して学校が働き方改革を独自に進められるよう、外部コンサルタントによる伴走型支援などの仕組みも作りました。部活の地域移行も、ほぼ完了しているむつ市などの先行地域を参考に、全県でも移行の後押しをしたい。こうした取り組みを通じてまずは現場で改革の成果を実感してもらい、働き方改革の流れを作っていきたいです。

──そのような方向性を、県内の教育関係者にどのように浸透させていきますか。

私自身が学校校長会に頻繁に顔を出して、現場の課題をお聞きしながら私が考える課題、今回の教育改革について説明を重ねていきたい。同様に、教育委員会でも現場との対話を重ね、改革の方向性と現場感というものを一致させていただきたいと考えています。

「入試制度・学校・授業」のあり方を変えていく

──都道府県としては初の給食費無償化を決定されました。その狙いや、ほかにも早期に実現したい取り組みがあれば教えてください。

政策において最も大事なのは、大胆さとスピード感。給食費無償化は各ご家庭にとっての大きな負担減になると同時に、子育て支援に力を入れているというメッセージにもつながると思っています。子育て施策が一気に進む姿を発信することで、若者が青森県に定着し、還流するきっかけにもなるはず。気運を醸成して県民の期待に応えていくというサイクルをやり続けることが、県政の基本だと考えています。

子育て支援については今後、子どもを真ん中に置き、多世代交流の居場所づくりにも取り組みたいですね。

教育改革については、「県立高校の入試制度のあり方」「学校統廃合を含めた県立学校のあり方」「授業のあり方」について有識者会議で議論を始め、検討を進めます。大学入試は多様化しているのに高校入試は変わっていません。そこでまずは大学入試と高校入試で求められる資質を評価したうえで入試制度を再構築し、さらに小・中・高の授業はどうあるべきかを考えてしっかり変えていきたい。この3つの取り組みはワンセットなのです。

今は多様性が認められる時代。学力や偏差値だけで学校を選ぶのは時代に合わなくなっていますから、特色ある学校が必要でしょう。これまでは地域の人口減の度合いに応じて統廃合が進められてきましたが、簡単に学校をなくすのではなく、「海辺の学校に寮を作る」「インターナショナルスクールにしてみる」など、知恵を出し合って存続する方向に持っていけたらと思っています。

例えばN高の校舎が八戸市や弘前市などにできたら、今のままの高校では勝てなくなると思うんです。新しい学校のあり方が出てきている現状からも、公立高校は多様性を認める方向にシフトし、今ある校舎を活用して国内外から人を呼び込む仕組みをどう作るかなど、前向きな議論を始めたいと思っています。

──最後に、教員の方々にメッセージをお願いします。

学校には高い価値があります。オンラインにはないその価値は、子どもたちが同じ空間でお互いに学び合えること。それを支えているのが先生方の専門性です。「こどもまんなか青森」も先生方の存在がなければ実現不可能。改革も上からの押し付けではなくて、先生方の内発的な意思に寄り添うものにしたいです。

教育現場は多忙で、最初はなかなか「こうしたい」と考える余裕がないかもしれませんが、まずは全国にある好事例をやってみることで、先生方の内発的な意思を先取りした教育に変えていけるのではないかと思っています。

私たちは現場の先生の応援団です。子どもたちのために一緒に頑張っていきましょう。

宮下 宗一郎(みやした・そういちろう)
青森県知事
1979年5月13日青森県むつ市生まれ。2003年3月東北大学法学部卒業、同年4月国土交通省入省。2012年外務省出向、在ニューヨーク総領事館領事を経て、2014年6月むつ市長に就任(2023年3月まで3期)。2023年6月青森県知事に就任

(文:吉田渓、写真:青森県総合政策課提供)