断念した教員の道…それでも「先生の気持ち」に寄り添う

「わくわくさん」でおなじみの久保田雅人さんは、大学時代までは教員を志していた。自身が高校生の頃、「こんなふうになりたい」と思える恩師に出会ったからだ。

久保田雅人 (くぼた・まさと)
1961年生まれ、東京都出身。落語家を目指したこともあったが、大学では社会科の教員免許を取得。卒業後は劇団に所属し、俳優・声優として活動を始める。1990年から2013年までNHK教育テレビ(現・NHK Eテレ)で放送された工作番組「つくってあそぼ」で「わくわくさん」を演じて人気に。現在も幼稚園や保育園から大学まで、幅広い年齢に向けて工作の楽しさを伝えている

「1、2年のときに受け持ってくれた数学の先生が、すごくいい先生だったんです。まったく本を読まなかった私に読書の楽しさを教えてくれて、見聞を広めるために一人旅に出ることを勧めてくれて、お調子者だけど教室の隅っこにいるような自分にも目を向けてくれた。私は理数系の科目がとにかく苦手で、それはもう数学から生物まで幅広くだめでした(笑)。でもその先生のことは大好きだったんです」

だが教育実習で行った母校の高校生が「全然言うことを聞かなかった」うえ、指導についた教員からも叱責されることが続いた。自分は教員に向いていないかもしれないと感じ、何とか免許は取得したものの、久保田さんは教員になることを諦めたそうだ。

とはいえ、順調に教員になった学生時代の仲間は多い。校長になった友人もいる。また、久保田さんも学校で講演する際など、現場を見る機会もたくさんある。「友人からもいろいろな話を聞いています。今の先生方は本当に大変だと思う」と、その気持ちに寄り添った。

「講演などのイベントで子どもたちと接しても、私はいわゆる『いちげんさん』で、その日限りの付き合いです。でも先生は子どもたちと毎日一緒にいて、勉強以外のこともつねに見ているのだから、そこに感じる責任は大きいでしょう。子どもの数が減っているとはいえ、一人ひとりに目を向けることが求められるようにもなっていて、その負担を考えればやはり教員数が足りない。話を聞いていても、みんな疲れているのがわかります」

現場の難しさを感じているが、だからこそ久保田さんは、教育の場で「工作」ができることを模索し続けている。

「子どもの気持ち」を大切に、ものづくりで工夫と発見を

久保田さんはさまざまな工作教室や講演を引き受けているが、教員向けの研修では、大人にも手を動かしてものを作ってもらうという。

「先生たちも『ほおー!』とか『なるほど』なんて言いながら、楽しそうに取り組んでくれます。こうした反応を見ると、ものづくりの喜びや楽しさは、年齢を超えて誰にでも通用するものだと実感します。また、家にあるもので工夫しながら何かを作ることは、大人にとっても発想の転換にもつながるのではないかと考えています」

どんな発想の転換が必要なのか。久保田さんは例えば、工作での材料集めについて語る。

「今は芯のないトイレットペーパーもありますし、何かの空き容器もそうそう確保できないし、教室の子どもたちみんなに同じ材料を用意するのは難しいですよね。私も『フィルムケースって何ですか』と言われたり、ペットボトルを使った工作のリクエストが増えたりするたびに、時代の変化を感じてきました。職業柄、我が家にはよりどりみどりの材料が豊富にあったので、うちの子どもたちは工作に困ったことはありませんでしたが(笑)」

統一した材料が用意できず、それぞれに違うものが出来上がったとしても、それでいいのだと久保田さんは続ける。久保田さんの工作教室に参加していても、保護者や教員に促されていやいやながら取り組んでいる子どもはいる。違うものを作り始めてしまうこともあるが、久保田さんはそれはそれでいいと思っている。

「こちらの意図と違っても、何かを作り始めたということは、その子はそれを『やりたい』と感じたということですよね。番組をやっているときも、私はゴロリくんとわくわくさんが作るものが同じでなくていいと考えていました。違う人が作ったら違うものができていいんです。大切にしてほしいのは、その子が何を作ろうとしたのか、ものをどんなふうに見たのかという『子どもの気持ち』。あるいは『こんなやり方もあるんだ!』と発見するような経験です。だからできれば、そのまま使えるキットを配るよりも、身近にあるもので工夫することに挑戦してほしいと思います。子どもたちに同じものを作らせようとしてしまうのは、評価しなければいけない、展示しなければいけないという先生の気持ちなのではないでしょうか」

※「つくってあそぼ」に登場するキャラクター。5歳のクマの男の子。

考え直したほうがいい?自らも経験した「親の気持ち」

成績をつけて評価しようという教員の責任感が、子どもたちの自由な発想を阻むおそれがあると指摘する久保田さん。近年は通知表やテストを廃止する学校も増えているが、その判断に理解を示す一方で、矛盾する「親としての気持ち」も語った。

「学校での子どもの様子を知るために、保護者としては通知表を頼りにしているのも事実だと思います。成績に一喜一憂しないほうがいいのはわかっていても、やっぱり親ってそういうもの。この点は、一人ひとりの保護者が考え直せたらいいなと思います。私も子どもの通知表に対するリアクションが大きかったので、よく妻に『見る前にまず深呼吸して』と言われていました(笑)」

難しいのはわかっているんですが、と前置きして、久保田さんはこんな提案をする。

「本当は、先生と保護者や子どもが一緒になって成績をつけられたら面白いと思うんです。先生が見てくれている子どもの様子、子どもが考えていることを保護者とも共有して、お互いに納得する場にすることもできる。でも、学校にも保護者にも、そんな時間は到底ありませんよね。ここは行政も協力して変わる必要があると思います」

美術系科目として工作を評価する際には、巧拙ではなく本人の思いを重視してほしいという久保田さん。自分なりの工夫ができたかどうか、楽しい時間を過ごせたかどうか。ほかの教科もこうした感覚で捉えられたら、保護者も成績で一喜一憂しなくて済むかもしれないと笑う。

「受験科目以外にもいろいろな教科があるのは、その中から好きなものを見つけてごらんということではないでしょうか」と続けるが、この発想は探究学習の取り組みにおいても重要だ。お手本をその通りにまねるのではなく、何か違っても自分なりに考えて作り出すことは、自ら課題を発見して解決することにもつながっていくだろう。

「私は長く『つくってあそぼ』という番組に出演していました。これは単に作って終わりではなく、作る時間を楽しんで遊ぼう、作ったものでみんなで遊ぼうということだと考えていました。工作で大事なのは楽しむこと。だから子どもはもちろん、私の研修や講演では先生にも楽しんでもらえるよう意識しているんです」

少しでもお役に立てたらうれしいですねと、大ぶりな眼鏡の向こうでにっこり笑った。

(文:鈴木絢子、撮影:梅谷秀司)