「順位をつけるため、じゃない」テスト

今、初等教育の関係者の間で、注目を集めているテストがある。慶応大学環境情報学部教授の今井むつみ氏(認知科学)らのグループが開発した、小学校2年生以上を対象としたテスト「ことばのたつじん」と「かんがえるたつじん」だ。「ことばのたつじん」のテストでは、ことばに関わる知識や空間・時間に関することばの運用力などを測ることができ、「かんがえるたつじん」のテストでは、数と図形に関する知識と推論の能力を測ることができる。

子どもたちの学力の状況を測るためのテストといえば、毎年実施されている全国学力・学習状況調査が代表格であり、各自治体単位でも、独自の学力テストが数多く行われている。

だが、こうした既存の学力テストに対して、強い課題意識を抱いていたのが広島県教育委員会だった。広島県教育委員会のひとりは、こう語る。「学力テストでは、ある子どもがどの問題ができて、どの問題ができないかということはわかります。しかし、その子どもが問題を解くプロセスのどの部分の、“何につまずいている”せいで、“その問題ができないのか”ということはわからない。そのため何度、学力テストを繰り返しても、正答率の低い子どもがつねに一定の割合で存在してしまう。これを何とか解消したかったのです」

そこで広島県教委では、「子どもたちのつまずきの原因を把握するためのテスト」の作成を今井氏らに委託することにした。こうして開発が始まったのが、「ことばのたつじん」と、「かんがえるたつじん」の2つのテストである。

この2つのテストは、すでに広島県では試行実施期間を経て、県内の小学校で積極的に活用しようとする段階に達している。試行期間中に指定校としてテストの実施に協力した学校の校長や教員からは、「これまでは自分の知識や経験を基に、子どものつまずきにどのように対応するかを考えていたが、より客観的な分析ができる方法があることがわかった」「学習状況の見方や子どもの見方、ひいては教師の指導観を変えるきっかけになった」といった声が寄せられたという。

一方、今井氏らのグループは、2022年6月、テストの内容や子どもたちの解答結果の分析などをまとめた『算数文章題が解けない子どもたち-ことば・思考の力と学力不振』(岩波書店)を出版。同書は発売当初より話題となり、「たつじんテスト」の存在が広く一般の人にも知られることになった。

今井氏は広島県教委からテスト作成の要請を受けたとき、「社会的な意義を感じた」と話す。

「日本では、テストというと点数や順位をつけるためのものという認識が根強くあります。もちろんそうしたテストも、合格者を選抜しなくてはいけない入試などでは必要でしょう。しかし本来、学校教育において最も大切なのは、子どもたちが学んだことを知識として獲得することです。そして獲得した知識を、必要なときにすぐに取り出して、問題解決のために運用できるようにすること。答えが間違っていた場合には、その原因は何なのかといったことを、子どもごとに個別に明らかにすることができ、今後の指導に生かすことができるテストでなければならない。私も、ずっとそういうテストが必要だと考えていました」

「1/2と1/3はどちらが大きいの?」

では、今井氏らが開発したテストでは、子どもたちのつまずきがどのような形で把握・分析できるのだろうか。

下記は、「かんがえるたつじん」の中で出題された問題の1つである。

(画像:すべて今井氏提供)

(小問1)の「1/3と2/3はどちらが大きいか」という問題は、3年生では73.9%、4年生で、5年生ではほぼ100%の生徒が2/3を選び、正解できているにも関わらず、(小問2)の「1/2と1/3では、どちらが大きい数か」という問題では、1/3を選んで、不正解になる子どもが多く見られ、その正解率は、3年生ではたった17.6%だった。

興味深いことに、(小問10)の「ケーキ1/2こ分と1/3こ分では、どちらがたくさん食べることができるか」という問題ではケーキ1/2こを選ぶことができる子どもが多くなる。3年生を見れば、その正解率は41.5%と再び上昇している。これが指し示すものは何か。

今井先生はこう言う。

「多くの子どもたちは『分数に関する概念的な理解』ができていません。(小問1)の『1/3と2/3はどちらが大きいか』という問題で正解率が高いのは、理解を反映したものではなく、たまたま分母が同じ3であり、1と2の大きい方を選べばよかったので、正解率が高かったと推測されます。純粋に数として『1を基準にしたときに、それに対してどの割合の量なのか』という分数の概念が理解しにくい子どもにとって、(小問2)の『1/2と1/3では、どちらが大きい数か』という問題のように、分母が異なる数字であったりすると、(小問10)の『ケーキ1/2こ分と1/3こ分では、どちらがたくさん食べることができるか』という問題 にある“ケーキ”のような具体的なモノが与えられないと、つまずいてしまう。分数の問題を間違えたときに、なぜ子どもはそこにつまずき、間違ってしまったのか、ということを教師が知り、どうすれば子どもが理解できるようになるか考えることは、非常に意義のあることです。なぜなら、それがわからないと、子どもは永遠に分数の概念を理解できないまま、より難しい問題を解かなくてはいけなくなるからです」

(画像:今井氏提供)

子どもにとって難しい「時間の概念」

また「ことばのたつじん」では、下記のような「カレンダー問題」が出題された。

(画像:今井氏提供)

大人から見ればなんてことはない問題に思えるが、子どもたちにとって、時間の「前」と「後」の関係を把握するのは、思いのほか難しいらしく、とくに低学年の2年生を中心に、「14日」のちょうど1週間後は、「7日」である答えた子どもが目立ったという。

それにしても、なぜ子どもたちは時間の「前」と「後」を間違ってしまうのか。

「過去を振り返らず、前を向いて歩いていこう」といった言い方がよくされるように、私たちは直感的に、過去を「後」、未来を「前」として、イメージする。時間は過去から未来にながれ、「前」に向かって進んでいく、というイメージだ。しかし、「前」と「後」が時間との関係を表すとき、空間と時間の対応関係は直感と反対になる。「1週間前」「1週間後」というように、過去は「前」に、未来は「後」として存在する。大人たちは無意識のうちに、これらを使い分けることができているが、子どもにとって、それは混乱を引き起こしてしまう。「14日」の1週間後を「7日」と答えてしまう子どもは、この使い分けができないために、つまずいていると考えられるのだ。

また子どもの中には、「14日」の1週間後を、5日後の「19日」と答えた解答例も少なからずあったという。これは1週間を、学校のスケジュールのサイクルである「5日間」と勘違いしていることによるものであると考えられる。

同じ「カレンダー問題」に対する間違いでも、時間の前後を理解できていないために答えを間違った子どもと、1週間を「5日」と捉えているために間違った子どもでは、つまずきの原因は異なり、当然必要となる手立ても変わってくる。

「たつじんテスト」は、上記に挙げた問題例のように、教え手が子どもたちの解答を基に分析することで、何が子どものつまずきの原因なのかを探り出しやすい問題群によって構成されている。

「点数はつけなくていい。子どもの解答を見てほしい」

今井氏らが出版した本のタイトルは『算数文章題が解けない子どもたち』だが、これまで私たちは、算数などの文章題を正確に読み取れない子どもたちのことを、「読解力が足りない」といった評価でひとくくりにしてしまいがちだった。

しかし今井氏は、「読解力がないといっても、なぜ文章を正しく読み解くことができないのか、その原因は子どもによってさまざまであり、『たつじんテスト』の結果を分析していると、そのことがよく見えてくる」と言う。

今井むつみ(いまい・むつみ)
慶應義塾大学環境情報学部教授。専門は認知・言語発達心理学、言語心理学。 平塚江南高校、慶應義塾大学文学部西洋史卒業後、教育心理学に興味を持ち社会学研究科に進学。在学中の1987年より渡米。93年ノースウエスタン大学心理学部博士課程を修了し、94年博士号(Ph. D)を取得。93年より慶應義塾大学環境情報学部助手。 専任講師、助教授を経て2007年より現職。著書に「ことばと思考」「学びとは何か―〈探究人〉になるために」「英語独習法」(すべて岩波新書)、「ことばの発達の謎を解く」(ちくまプリマ―新書)、「言葉を覚えるしくみ―母語から外国語まで」(ちくま学芸文庫)、「親子で育てることば力と思考力」(筑摩書房)などがある
(写真:今井氏提供)

「教科書の文章や、算数など文章題を正しく読み取ることができない理由としていちばん多いのは、やはり語彙力不足です。多くの単語は多義で、複数の意味を持っていますが、子どもによってはそもそもその単語自体を知らない場合もあれば、その単語の代表的な意味しか知らない場合も、確かに多くあります。例えば『切る』という単語であれば、『はさみで紙を切る』『包丁で野菜を切る』といった使われ方については、多くの子どもが理解できています。しかし、『水を切る』という使い方もあり、その意味が『水分を取り去る』ということであるとは、知らない子どもも多い。そうなると、その文章の意味がわからない、そうなってしまうのです」

また接続詞の意味を理解できていないケースもあれば、前述のように時間や空間の前後関係や、1週間が何日、1日が何時間であるかといったことを理解できていないために、文章題を正確に読み解けないケースもあるそうだ。さらには少数ではあるが、難読症(ディスレクシア)が原因で、文章を読むのが困難な子どもも中にはいる。

だからこそ文章題を正確に読み解く力を身に付けさせたければ、「読解力がない」の一言で片付けず、個々のつまずきの原因を丁寧に見ていくことが重要になるというわけだ。

現在、今井氏らのグループは、「たつじんテスト」を全国の学校現場で活用してもらうために、「at Study」を通じて、広島県以外の自治体や学校などの教育機関にもテストの頒布を行っている。

「先生方からは、『点数を公平につけるのが大変そうな問題がある』という声をよくいただきます。一応点数のつけ方については示していますが、私の本心を言えば、『点数なんてつける必要はない。それよりも子どもの解答を見てほしい』と思っています。普段、その子どもと教室で接している先生であれば、解答を見れば、その子どものつまずきの原因や手立ても見えてくるはず。同僚の先生と話し合いながら、原因や手立てを探っていくのもお勧めです」

「たつじんテスト」は家庭への頒布は行っていないが、その考え方は家庭教育においても参考にできそうだ。子どもがテストで間違った解答をしていたときに、「もっと考えて問題を解きなさい」「もっと練習しなさい」の一言で終わらせず、何がつまずきの原因となって間違ってしまったのかについて思い及ばせるだけでも、子どもへの接し方は大きく変わるに違いない。

2つの「たつじんテスト」は、学校でのテストのあり方や、さらには学習指導のあり方を、大きく変える可能性を秘めているといえるだろう。

(文:長谷川敦、注記のない写真:kouta / PIXTA)