学生の発想が、地域に部活を開くきっかけに

オザワ部長:先生は開智国際大学の教授になられてから、もう10年目になりますね。改めて、開智アカデミックを設立した背景をお聞かせください。まずは学内の吹奏楽部を創設されて、その後、大学生だけで完結せず、地域に開く形になったわけですよね。

オザワ部長(おざわぶちょう)
吹奏楽作家

石田:もともとは学生の発想です。開智国際大学は教育学部が生徒の約半数を占めますが、そこでは授業の一環で、学習ボランティアとして小学生に算数などを教えに行ったりしていたんですね。

私が地域連携に関して、「大学生である自分たちの得意分野を活かしてできることを考えて」とレポート提出を求めたところ、「子どもたちに得意な楽器演奏も教えたい、音楽で地域に貢献できるかもしれない」とひらめいたようです。

ちょうど部活動の地域移行が本格化する可能性も耳にしていたので、「地域移行によって学校で活動できなくなる中学生も受け入れられるように」と、大学に閉じずに、地域バンドとして地域の人の募集も始めるようになりました。

石田修一(いしだ・しゅういち)
開智国際大学 教育学部 教授、千葉県吹奏楽連盟副理事長

オザワ部長:地域移行の文脈では、すでに音楽室なり楽器なりのリソースを持つ大学や高校などの母体が地域に開くことが重要ですよね。活動を地域に開くことで、たくさんの人が大学に出入りしてくれるようになりますし、大学そのものがさらに発展していく可能性もあります。

石田: 人類の発展のために研究に没頭する大学があったとしたら、われわれは地域の人とともに活動して学んでいく大学でしょうね。だからこそオーケストラの名前に「アカデミック」と入れているんです。教師になりたい学生は、在学中から地域貢献を通して子どもと接する機会があり、教科指導だけでない幅広い学びができる環境だと思います。

「バンドづくりは料理」地域移行で実践できる短時間練習法

オザワ部長:昨今は教員の方の働き方改革や生徒さんの学業との両立などがクローズアップされ、いかに短時間で効率的な練習ができるかどうかということも注目されますが、その辺りの実践についてお聞かせください。

石田:私は練習方法をレシピと呼んでいますが、料理のように工程を分けてステップを踏んで練習すると、短時間の練習であっても、聞いてもらう人の耳に心地よいサウンドになると考えています。

いわば、バンドづくりは料理です。例えば、作り手の個性が出やすいカレーであっても、多少の後先はありますが、作る際の共通の手順がありますよね。具材とルーと水を一気に入れて茹でたら、さすがに美味しくならない。でも、そうしたバンドの作り方をしてしまう人もいます。

オザワ部長:カレーに例えると、味が出てきますね(笑)。バンドにはさまざまなレベルの方がいらっしゃると思いますが、先生のレシピに沿って練習すると、みなさん同様に上達できるのでしょうか。

石田:3カ月もすれば、学年が上の先輩に追いつくことができますよ。ただ、飽きっぽい人は続かないです。そんなことやる暇あったら曲の練習したほうがいいと固定観念を持っている人も上手になりません(笑)。

レシピ全体を通して私が重要視しているのが、実践のペア練習です。

例えば、先生と生徒、または先輩が後輩とペアを組んで教えるとしますよね。腕組みしてそこはこうだよと言葉で説明して聞かせるよりも、何も喋らずにメトロノームだけ鳴らして実際に吹いてみせることが大事です。

生徒や後輩にも同じ音を同じ長さで吹いてもらって、音の周波数や波形を見るオシロスコープ、音量をデシベルで表示するサウンドメーターなどを用いて音の違いを比べます。教える側は数値で違いを把握できますし、生徒は音を聞いてまねて、感覚的によい音の出し方をつかんできます。

オザワ部長:1対1で人をまねてうまくなっていくと。音楽は英会話みたいなものなんですね。一昔前の日本の英語教育のように、理屈で文法だけ教えても一向に話せるようにならないのと同じように感じました。

石田:おっしゃる通り! 音楽と言語は同じです。私は幼少期から父親の転勤の関係でいろんな場所に住んできましたが、住むと現地の言葉に慣れて、いつの間にかイントネーションが変わります。なじむのは早くて、子どもは1週間もかからないです。また、友達が話している時に被せて話すことはしないように、音楽も、同時に吹くより、1人ずつ回して吹いて、他人の音をよく聞いてまねたほうがすぐに上達します。

オザワ部長:バンドの中でのペア練習というのは上達度が高い人と低い人がペアですか。

石田:そうです。さらに曲の練習をする際にポイントになるのが、同じ楽器同士ではなく、同じフレーズやモチーフを吹いている人同士で練習することです。このことを私はパートではなく、パーツと呼んでいます。

開智アカデミックはパート練習よりもパーツ練習を多くしています。曲作りは、一緒に100回演奏するよりも、同じフレーズを1人ずつ順番に吹いて、それを30回繰り返したほうが上達します。

「短時間練習は生徒の自主性を育む」デジタルツールも有効活用

オザワ部長:先ほどメンバーの方にもお話を少し伺いましたが、コンクールに向けた練習では、1人ずつ順番に音を吹いていったり、指導用鍵盤であるハーモニーディレクターを使って音合わせをしたりすることが多かったようですね。

石田:開智アカデミックでは、そうした練習計画をすべて学生が作って実行しています。学生指揮者として練習計画を立てる人(各学年、金管・木管・打楽器から1人ずつ、全員で12人)が、組み合わせ練習表(フレーズごとにチーム分けしたもの)を作ってペア練習しています。中学校は先生がすべて計画してしまうことが多いですが、本来は中学生でも自分たちで運営していける力を持っていますよ。

オザワ部長:生徒に任せる部分を見極めることで、教員の働き方改革にもつながりますね。子どもたちの自主性も育まれるように思います。

先ほどお話の中で、オシロスコープやサウンドメーターなどのデジタルツールが出てきていましたが、短時間練習という文脈では、やはりそうしたツールの活用も重要になりますか。

石田:デジタルツールに限らず、私が指導に行く際に必ず持っていくのが、ビジュアライザーといって、楽器を吹くときの唇の形(アンブシュア)を視覚的にチェックできる、円形の金属の中央に穴が空いた器具です。

「今年は高い音を出せる子がいないからコンクールでよい結果を望めない」などといった話を耳にすることもありますが、高い音が出せるかどうかは才能の問題ではなく、唇の形などアンブシュアの基本を見直すことで改善されることがほとんどです。ツールを上手く活用しながら、短時間でも、子どもに寄り添って本質的な解決ができる練習を積み重ねてほしいです。

オザワ部長:ビジュアライザーは、初心者の練習でよく使われるイメージがありますね。

石田:指導の最初の段階では、子どもたちに「楽しい」と思ってもらうことが大変重要です。楽しければ自発的に練習するようになりますし、逆に楽しくないと他の部活に生徒を取られかねません(笑)。ビジュアライザーは、音が出やすい唇の形を効率よく学べるため、最初から音が出せたという成功体験を得やすいです。

ちなみに、曲が吹けたという成功体験を得てもらううえでおすすめなのは、「メリーさんの羊」です。初心者でもすぐに音が出やすく、指も覚えやすいので、この曲で自信をつけて、吹奏楽部に入ることを決めてくれる学生もいますよ。

話が逸れましたが、もちろんデジタルツールであるスマートフォンや(小中学生の場合は学校で携帯が禁止されているので)タブレットも活用します。音程を測るチューナー機能も、アプリケーションで利用できるので便利な時代になりました。

開智アカデミックでは、少ない練習回数でも、毎回必ずスマートフォンで合奏を録音・録画して、練習前と後でどのように変わったか、また変われなかった部分はどうしたらよくなるかの振り返りを行っています。

オザワ部長:先ほども、学生さんから送られてきた録音データを聞いて、メールでアドバイスされていましたね。地域移行を吹奏楽文化消滅の危機というネガティブな文脈でなく、より効率的な練習を考える、地域で世代を超えて協力し合う、生徒の自主性を育むといったポジティブな文脈で捉えられるようになったらいいなと感じました。

(企画・文・撮影:吉田明日香)

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