「MMT」はどうして多くの経済学者に嫌われるのか 「政府」の存在を大前提とする理論の革新性

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ちなみに、崩壊直前の旧ソ連でアメリカのタバコ(マルボロ)が貨幣として使われたのは商品貨幣論を裏付ける事例であるというのが伊藤氏の議論だが、実は表券主義(及び先述したグレーバーの議論)によっても十分説明可能である。

すなわち、当時のソ連では外貨取引が刑法によって禁じられ、取引額によっては銃殺刑にされるおそれすらあったため、同様に統治・徴税基盤が崩壊状態の他国であれば流通するはずであった米ドルの代わりに、(おそらくは高額で転売できる可能性が高いなどの理由で)マルボロの使用が「やむを得ず一時的に」選択されたというだけの話である。

このように、商品貨幣論の欠陥を克服しつつ、従来は商品貨幣論の事例とされてきたものも含め、貨幣現象のより包括的な説明を可能にするのがMMTの貨幣理論である(伊藤氏の論稿にはMMT批判の材料として他にも様々な貨幣現象が挙げられているが、それらについては稿を改めて取り上げることとしたい)。

商品貨幣論に固執する両学派の理論構造

こうした現実があるにもかかわらず、主流派経済学やマルクス経済学はなぜ商品貨幣論に固執するのであろうか。

実は、その背景には、固執せざるを得ない両学派の理論構造がある。

主流派経済学が中核とする一般均衡理論は、フィクションでしかない物々交換経済をモデル化したものである。

したがって、モデルの内に貨幣を取り入れようとしても、物々交換の派生物である商品貨幣しか導入できない。一般均衡理論の大家として著名な英国の経済学者フランク・ハーンは、法定不換貨幣を導入しようと長年にわたって取り組んだものの、ついに満足できる結果を得られなかった。

そして、同様な構図はマルクス経済学にも当てはまる。

「物質的生産力によって規定される経済的構造(下部構造)が歴史発展の原動力であり、その諸段階に応じて政治・法律・宗教・芸術などの社会的意識形態が上部構造として形成される」という史的唯物論を前提とするマルクス経済学では、原理論の段階では「政府から自立した商品経済」を想定するがゆえに、商品貨幣以外の貨幣を導入しようとすると、やはり理論モデルに矛盾が生じてしまうのだ。

次ページ主流・非主流派ともに政府の存在を否定的に捉える傾向
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