ネグリが示した〈帝国〉の存在とは何であったか 時代の変化をつかむも時代に乗り越えられた思想家の死

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しかし、これは一国家の仕業ではなく、中東から中央アジアにいたる組織の仕業であるということがわかる。またハンチントンのいうような文明と文明の衝突でもなかった。

これまでの常識では、本格的な戦争や攻撃は国家が行うものだという固定観念があった。まさか名も知れぬ、得体の知れない小さな組織が巨大な帝国に攻撃をしかけてくるなどということは理解不能であった。

そんなとき、この『〈帝国〉』という書物が出現し、攻撃を仕掛けたのは「有象無象の民衆組織、マルチチュード」であるということを明確に示したのである。

テロ組織に関与し有罪判決

アントニオ・ネグリは、当時まで左翼の世界ではかなり知られていた人物であったが、世間一般では知られてはいなかった。

1970年代にイタリアで起こった「赤い旅団事件」(赤い旅団と称する過激派が要人誘拐など組織的にテロを起こした)に関連して逮捕され、その後フランスへ亡命し、そこでフランスの左翼思想家と交流し、いくつかの書物を書いていた。

ところが1997年に突然イタリアに帰国し、刑務所に収容されたが、そこで書かれたのがこの書物であった。

1970年代、日本においてもヨーロッパにおいても、革命運動の過激化は進む。爆弾事件や誘拐事件などが頻発していた。ネグリはそうした活動家の1人と見なされ、危険人物とされていた。

もっともネグリはフランスの大学で、スピノザとマルクスを講義していた。その成果が『マルクスを超えるマルクス』(1979年)、そして『野蛮な異常性』(1982年)だ。ネグリは、マルクスをヘーゲルからではなくスピノザから見ると主張し、スピノザから見たマルクス論を展開した。

これによって、ネグリは小さな国家に分かれ、対立と戦争を繰り返していたウェストファリア条約(1648年)的なヨーロッパ世界を批判し、世界がアメリカによる単独支配として動いている、グローバル化した対立のない世界を考える。

そこでは、もはや国家間の対立と戦争による社会の変化はなく、もし変化があるとすれば、内部対立からではなく、外部から突然隕石が落ちてくるような衝撃しかないと考える。

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