台湾初の国産潜水艦進水に中国が戦慄する理由 中国による海上封鎖を突破できる国防上の一里塚

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台湾海軍は現在、1980年代にオランダの「ズヴァールトフィス級」潜水艦をベースに建造された海龍級潜水艦2隻と、アメリカから取得した第2次世界大戦時代の老朽化した「ガピー2」型の2隻を運用している。前者は台湾海軍の海中戦能力の背骨となっており、後者は訓練目的のみで使用されている。

中国による海上封鎖の脅威が増大していることを踏まえ、水中戦は2000年代後半から台湾海軍がその能力強化に熱心に取り組んできた分野だ。台湾独自の潜水艦建造を目指して台湾政府が進める「潜艦国造(潜水艦国産、IDS)計画」は、馬英九前政権下の2014年から国民党、民進党と政権が変わっても公式な国家防衛政策となっている。

しかし、その潜水艦建造計画の詳細はベールに包まれてきた。潜水艦建造技術や装備品の輸出は非常に機密性が高く、ひとたび暴露されると中国本土からの強い反発を招くためだ。

台湾が自製能力を持たない装備品や技術の供給源は、厳重に秘密が保たれる必要がある。結局、台湾は機密を維持しながら建造を推進。とくにコロナ禍の最中であったにもかかわらず、潜水艦建造に必要なサプライチェーンを確保した。今回の進水式を迎え、台湾の軍産共同体が困難を乗り越えて、この何年間で大きく成長・発展したことがうかがえる。

台湾は、中国の侵略に対する抑止力となる潜水艦隊を構築するため、世界中から専門知識と技術を密かに集めてきたとされる。ロイター通信は2021年11月29日付の記事で、中国政府の反発を受ける危険にさらされながらも、少なくとも7カ国の防衛企業や技術者が台湾初の潜水艦建造を支援していると報じた。

アメリカが戦闘システム部品やソナーなどの主要技術を提供。イギリス企業も潜水艦の部品、技術、ソフトウェアを台湾に供給したとされる。台湾はさらにオーストラリア、韓国、インド、スペイン、カナダの少なくとも5カ国からエンジニア、技術者、元海軍士官を雇用することに成功したという。

一方、低振動で静粛性に優れ、世界有数の高性能を誇る通常動力型潜水艦を有する日本は、台湾支援に消極的だったという。台湾支援は日本でも非公式に議論されたが、中国からの反応を懸念して中止されたとロイター通信は報じた。

中国の強い反発は衝撃の裏返し

中国は台湾初の国産潜水艦の進水に激しく反発した。中国国防省の呉謙報道官は9月28日の記者会見で、進水が「(台湾は)自らを過大評価しており、不可能なことを試みている」「最終的に自滅をもたらす」と強く批判。「人民解放軍が太平洋に入るのを阻むという話は、まったくナンセンスだ」と述べた。

さらに、呉氏は「民進党当局がどれほど多くの武器を製造または購入しても、祖国統一の大きな流れは止められない」と指摘し、「国家主権と領土の一体性を守る人民解放軍の強い決心と強大な能力は揺るぎない」と強調した。

中国の反発が強い分だけ衝撃も大きいということだろう。蔡英文総統は海鯤の進水式で「今日という日は歴史に刻まれるだろう」と述べた。2年後の実際の就役の日にはさらに大きく歴史に刻まれるはずである。

高橋 浩祐 米外交・安全保障専門オンライン誌「ディプロマット」東京特派員

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たかはし こうすけ / Kosuke Takahashi

米外交・安全保障専門オンライン誌『ディプロマット』東京特派員。英国の軍事専門誌『ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー』前特派員。1993年3月慶応義塾大学経済学部卒、2003年12月米国コロンビア大学大学院でジャーナリズム、国際関係公共政策の修士号取得。ハフィントンポスト日本版編集長や日経CNBCコメンテーターなどを歴任。朝日新聞社、ブルームバーグ・ニューズ、 ウォール・ストリート・ジャーナル日本版、ロイター通信で記者や編集者を務めた経験を持つ。

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