官邸ドローン、"オモチャ"相手に騒ぎすぎ むやみに規制を強化する必要はない

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今回、汚染土を用い、それが危険物質であることを誇示したせいで、威力業務妨害が成立することになった。しかし、汚染土が無ければ、これは、キャッチボールで遊んでいた子供のボールが、他人の敷地内に飛んでいったという程度の話だ。それを意図的にやり警備当局の面子を潰したという点が”事件”となったに過ぎない。

事件と前後して、とある民放局が、イギリス大使館の敷地内にドローンを墜落させていたことが明るみに出たが、だからと言って、テレビ局の社員を逮捕することはできない。

ドローンを登録制や免許制にしようとする議論が始まっているが、効果は薄いだろう。完成品でなくとも、部品を別個に買って組み立てることは可能だからだ。そしてその部品のほとんどは中国で作られている。中国人は、商品を売るために法の抜け穴を立ち所に見付けるだろう。何より、意思を持った人間は、法律など気にしない。

撃墜をするのは難しい

現実的には、都条例で、一定エリアの飛行を罰則付きで禁止する、軽犯罪的な扱いが妥当だ。あまり大げさな規制をすることは、そぐわない。

なぜならば、仮にドローンが空中を飛んで、標的に接近していることがわかったとしても、これを撃墜するのが困難なためだ。

たとえば首相官邸のような都市部で、対空機関砲をぶっ放すわけにもいかない。レーザー兵器はいよいよ実用レベルに入って来た。比較的安全に、付随被害を出さずにドローンを撃ち落とせるだろうが、残念ながら官邸の周囲には高いビルが多すぎる。ちょっとでも外れたら、周辺のビルで働く市民を傷付けることになる。

ただし、クアッド型のドローンの場合、スピードが遅いという欠点があるので、投網のようなものを官邸や周辺のビルからロケットで発射するという手はある。あるいは、こちらもドローンを用意してぶつけるとか。冗談になるが、鷹匠を配置して、鷹にドローンを襲うよう訓練するという手もある。しかしいずれも、費用対効果に怪しい。そこまでして防がねばならないほどの危険は、市販ドローンにはない。

誰が撃ち落とすのか、という課題もある。ドローンの所持や利用を法律で規制し、撃墜する手段を用意することは出来ても、それを実際に撃墜する法律を作るのは極めてハードルが高い作業になるだろう。警視庁は戦車を持たない。もちろん対空機関砲もミサイルも持たない。なぜならそれが警察だからである。そんなものを持ったらそれは準軍隊組織ということになる。従って、兵器を用いての撃墜は自衛隊の役割となる。

しかし、自衛隊には、いかなる法的根拠があるのか。オウムによる一連のテロ事件での自衛隊の出動も、実は法的根拠は希薄だった。実際に犠牲者が出た上での出動となったから事実上不問とされたが、想定される被害が知れているドローンを撃墜するために、自衛隊が官邸付近に常時展開し、24時間の警備に当たるとなったら、それを認める法律の制定を巡って、国会は相当に荒れることになるだろう。

それに、ことは官邸や皇居だけ守れば良いという話でもない。総理大臣は地方視察もすれば、屋外のイベントにも出席する。その度に自衛隊が大げさな迎撃システムを持参して守るというわけにもいかない。

ドローンの存在は、別に目新しくも無い。昔からラジコン飛行機はあった。それと何処が違うかと言えば、入手し易くなり、操縦の技術も要らなくなった点だろう。

私は、「ドローンが社会を変える」と言えるほどの期待は持っていない。だが、兵器として見た時に、たいしたことは出来ない、とは断言できる。この世に危険なものは一杯ある。自転車だって、ひとつ間違えば凶器になる。3Dプリンターで銃を作れるからと言って、それを禁止する理由にはならない。関係者は肝を冷やしただろうが、現状、ドローンに付いて最も懸念されることは、墜落事故に拠る通行人の怪我に他ならない。それは、利用者のモラル向上でしか防げないだろう。

大石 英司 軍事サスペンス作家

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おおいし えいじ / Eiji Oishi

1961年生まれ。鹿児島県出身。経済紙のライターを経て1986年「B-1爆撃機を追え」で作家デビュー。主に軍事問題をテーマに取材、著作活動を行う。代表作に「神はサイコロを振らない」「尖閣喪失」。

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