古典を読むとわかる「平和が戦争を生む」逆説 頭でっかちでは得られない成熟した大人の知恵

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演技とは、過去の言葉を自然な形で現在に再現する技術なのです。イギリス出身の名演出家ピーター・ブルックは、著書『なにもない空間』で、表現(representation)とは文字通り、過去をふたたび現在にすること(re-present)だと述べました。演劇とは時間の否定であり、昨日と今日との間の違いを追放するものなのだと。

知識人たるもの、役者の要素を持たねばならない

人間を「劇的なるもの」と形容したのは福田恆存ですが、古典教養を身につけるとは、そこで得た知識を「リプリゼント」できるようになることでなければなりません。すなわち過去の人々の叡智を、リアルタイムで自分の知恵として再現できる人だけが本物。

その意味で知識人たるもの、役者の要素を持たねばならない。頭でっかちではダメなのです。過去の言葉、それも密度の高い言葉を自然に語るには、感情による裏付けと、身体の正しいバランスが必要になります。「語る自分」に中身があって、初めて言葉の意味が伝わる。

施さんが挙げた2つの例は、下手な演技しかできない役者と同じです。戯曲は暗記したけど人生経験が足りないのが前者で、戯曲が理解できず自己流のデタラメな解釈で押し通すのが後者。どちらも過去の叡智を現在に再現する力を持っていないのです。

佐藤 健志(さとう けんじ)/評論家・作家。1966年、東京都生まれ。東京大学教養学部卒業。1990年代以来、多角的な視点に基づく独自の評論活動を展開。『感染の令和』(KKベストセラーズ)、『平和主義は貧困への道』(同)をはじめ、著書・訳書多数。さらに2019年より、経営科学出版でオンライン講座を配信。『痛快! 戦後ニッポンの正体』全3巻、『佐藤健志のニッポン崩壊の研究』全3巻を経て、現在『2025ニッポン終焉 新自由主義と主権喪失からの脱却』全3巻が制作されている。オンライン読書会もシリーズで開催(写真:佐藤健志) 

中野:確かに、古典を読んだ上で、あえて自分にとって都合のよい解釈をする場合は少なくないですね。

たとえば、新自由主義を先導したフリードリヒ・ハイエクは、バークやトクヴィルを巧みに解釈し直し、新自由主義の先祖であるかのように描いています。

佐藤:欧米、特にヨーロッパの知的エリートたちが、古典を素通りしたまま大学教育や大学院教育を終えるとは考えられません。彼らは間違いなく古典を読んでおり、内容も知識としてはわきまえているに違いない。だから新自由主義的改革をやったところで無残な失敗に終わることもわかっていたはずです。

中野:確かに欧米にはハイエクのような悪質な人たちがいますが、一方で、きちんと古典を踏まえた上で新自由主義を批判している知識人もいます。新自由主義への抵抗という点では、欧米の知識人のほうが日本よりもずっと強力です。欧米のインテリたちの間では、新自由主義に懐疑的でないとまともな知識人と見なされないような風潮さえあります。

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