古典を読むとわかる「平和が戦争を生む」逆説 頭でっかちでは得られない成熟した大人の知恵

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中野 剛志(なかの たけし)/評論家。1971年、神奈川県生まれ。元・京都大学工学研究科大学院准教授。専門は政治経済思想。1996年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。2001年に同大学院より優等修士号、2005年に博士号を取得。2003年、論文‘Theorising Economic Nationalism’ (Nations and Nationalism)でNations and Nationalism Prizeを受賞。主な著書に山本七平賞奨励賞を受賞した『日本思想史新論』(ちくま新書)、『TPP亡国論』(集英社新書)、『富国と強兵』(東洋経済新報社)、『小林秀雄の政治学』(文春新書)などがある(撮影:尾形文繁)

こうした自由主義の問題点は、当時の人たちが詳しく論じています。その1つが、カール・ポランニーの『大転換』です。だからこの種の古典を読んでいれば、自由主義がうまくいかなかったように新自由主義もうまくいかないことはすぐにわかるはずなのです。

私は『奇跡の社会科学』(PHP新書)で、マックス・ウェーバーやエドマンド・バーク、アレクシス・ド・トクヴィル、カール・ポランニー、エミール・デュルケームなどの古典を取り上げ、できるだけ平易に解説しました。いま日本で問題になっている貧困・格差や組織改革の失敗、自殺、戦争などは、彼らが生きていた時代にも起こった問題であり、彼らはそれらに対して1つの優れた見解を提示しています。

日本で知識人と呼ばれている人たちは、当然こうした古典を読んでいるはずです。私より詳しい人はたくさんいると思います。ところが、なぜか日本の学者たちの中には新自由主義的な構造改革を推進している人が多い。これはとても不思議なことです。

「知識のブタ積み」

佐藤:この点については、2つの可能性が考えられます。中野さんが本書で批判した堺屋太一を例に取りましょう。彼は1993年の著書『組織の盛衰』で、近代の社会科学では組織に関する研究だけが立ち遅れているという、事実と正反対の主張を展開しました。前提が間違っているのですから、その先の議論もむろん的外れ。

しかるに、これをどう解釈するか。第1の可能性は、堺屋が組織研究をめぐる社会科学の古典を読んでおらず、みごとに無知だったというもの。これなら話は簡単です。ちゃんと勉強すればよろしい。中野さんも「堺屋は社会科学の膨大な研究の蓄積を知ろうともせず、うぬぼれで大言壮語している」という旨を述べました。

だが、本当にそうか。第2の可能性は、堺屋がこれらの古典を読むことは読んでおり、内容も知っているにもかかわらず、いざ自分で組織を論じる段になると、頭の中にある知識をまるで活かせず、素人レベルのメチャクチャな主張を並べ立てたというものです。そして私は、真相はこちらではないかと見ています。

言ってみれば「知識のブタ積み」。ブタ積みとは金融業界で使われる言葉で、市中銀行が法定準備預金額を超えて、日本銀行に預け入れている金を指します。安倍政権以来、日本は異次元金融緩和を続けてきましたが、市中銀行は貸し出しを行わず、法定準備預金をどんどん積み上げていきました。投資をめぐる民間の需要が増えなかったせいです。

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