東京大空襲70年、記憶は風化していくのか

<動画>3月10日未明、334機のB29が襲った

提供:ロイター(ナレーションは英語です、音量にご注意ください)

ロイターの動画は、サイパンの飛行場で、兵士が爆弾に「ONLY THE BIGINNING」と書き込む場面から始まる。

1945年の3月9日夜から10日未明に掛けて東京の下町は、334機のB29による空襲を受けた。このとき投下された爆弾は1665トン以上に及ぶ。それから今年はちょうど70年の節目だ。

下町の住民は空から降って来る焼夷弾から逃れようとしたが、この爆弾は日本の伝統的な木と紙でできた家を次々に焼いていった。そのため、たとえ爆弾から逃れることができたとしても、その後の巨大火災によって命を落とした。東京大空襲は、たった一晩で10万もの命を奪った。

日本において第2次世界大戦の犠牲は、広島と長崎、そして戦争における兵士たちにフォーカスを当てられることが多い。しかし、この東京大空襲の犠牲者は長崎における犠牲者7万人よりも多い。

犠牲者のほとんどが民間人だった

現代の多くの日本人は、東京の4分の1を焦土としたこの東京大空襲について聞いたことはあっても、そこで住民がどのような経験をしたか、どのように死んでいったかについて詳しく知っている人はほとんどいない。この空襲における犠牲者のほとんどが民間人だった。

当時のことを知る人は、すでに高齢だ。小説家、早乙女勝元さん(82)は次のように危機感を語る。「戦争にもしなったら、過去の戦争でもそうなんですけれども、その時民間人はどうなるのか、女性や子供たちはどんな犠牲を強いられたのかということをきちんと今、語り継いで行くことが、これからの戦争への道にブレーキになるのではないでしょうか」。

空襲により重い障害を背負うことになった戸田成正さん(84)は次のように言う。「火を全身に浴びたということで、そのときの看護婦の話だと顔が倍くらいに膨れていたということですからね。神風が、また危ない時には助けてくれる、とそういう風にわれわれも信じていたからね。ところが神風どころじゃない、もう日本はめちゃくちゃにやられているんだから」。

東京大空襲・戦災資料センターを訪れたムコウヤマタカコさん(46)は、「これは本当に繰り返しちゃいけない、そうどこかで肝に銘じておかないと、これから先、忘れちゃった人たちが、また同じことをするのではないか、繰り返すのではないか、という危機感もあります」と語った。

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