『英国王のスピーチ (The King's Speech)』--日本が参考にしていい英国《宿輪純一のシネマ経済学》

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第83回アカデミー賞が決まった。先日この連載で取り上げた『ソーシャル・ネットワーク』も「アカデミー賞をいくつか受賞する」と書いたが、そのとおりになって、個人的には一安心である。

アカデミー賞はハリウッドの映画関係者を中心とした映画産業従事者の団体である映画芸術科学アカデミー(AMPAS)会員の無記名投票で決まる。必然的にハリウッド映画が受賞する傾向があるのではないかといわれる。
 
 しかし、今年は英・オーストラリア映画で、英国王が主人公の『英国王のスピーチ (The King's Speech)』が受賞した。逆にいえばそれだけよい映画ということができる。


(C) 2010 See-Saw Films. All rights reserved.

幼い頃から、ずっと吃音(きつおん)に悩んできたジョージ6世(コリン・ファース)が強いプレッシャーやストレスの中、周囲の力を借りながらも、自ら大変な努力をして克服し、国民に愛される王になるまでを描くという実話に基づく感動的な作品。
 
 弱みや欠点を抱えた一人の男の人間ドラマと、実話ならではの深さが見どころといえる。日本ではあり得ない「開かれた王室」の話である。

厳格な父、英国王ジョージ5世は、息子ジョージ6世の吃音を許さず、さまざまな式典でスピーチを命じる。
 
 彼は吃音を直すため多くの専門家の治療を受けるが、芳しくなく、妻エリザベス(ヘレナ・ボナム=カーター)は、スピーチ矯正のオーストラリア人の専門家ライオネル・ローグ(ジェフリー・ラッシュ)の下へ夫を連れていく。ローグの下、彼は吃音症の治療に真剣になっていく。またローグは原因と思われるジョージ6世の幼少期の体験による背景を知り、独特の治療法を実施する。


(C) 2010 See-Saw Films. All rights reserved.
 
 そもそもジョージ6世は次男で、父王崩御後、自由奔放な兄・エドワード8世が即位するも、アメリカ人で離婚歴があったウォリス・シンプソン(夫人)との結婚問題のため1年余りで退位してしまう。
 
 第2次世界大戦前の難しい状況下、国王として即位することを余儀なくされ、国威高揚のためにも演説が余計に重視されていく。この負担にさらに大きなストレスを感じ、吃音はなかなかよくならない。

ジョージ6世はローグの下で治療に取り組むが、ローグが満足な公の資格を持っていないということで、政府の要人はよくあるくだらない形式主義・官僚主義で、彼を国王から遠ざけようと試みる。しかし、ジョージ6世はローグとの間の信頼関係を第一とし、ローグを手放すことをしなかった。

そんなときジョージはヒトラーの国民を魅了する演説にショックを受ける。その後、第2次世界大戦に突入していくが、ドイツへの宣戦布告の日、ジョージ6世は大英帝国全土に向けて、ラジオを通して鼓舞する演説をする……。

小職もテレビやラジオでも話をするが、お客さまの顔が見えずにする話というのは余計に難しいものである。

ちなみにコリン・ファースは本作品でアカデミー主演男優賞を受賞。昨年も『シングルマン』(2009年)でノミネートされていた。彼は1960年生まれの50歳の英国人。ヒュー・グラントと2大イケメンと騒がれた時期もあり、『ブリジット・ジョーンズの日記』(01)、『ラブ・アクチュアリー』(03)、『マンマ・ミーア!』(08)などで日本でもファンが多い。ちなみに、ヘレナ・ボナム=カーターはティム・バートンの奥さまでもある。

過去の歴史を見ても、英国は日本の進む道の1つの目標となってきた。現在の皇太子も留学した。私は今後もそうなっていく可能性が高いと考える。その成熟した経済・社会も日本の一歩先を行っている。
 
 この10年の経済成長率(IMF)を見てみても、10年以外はつねに英国のほうが約1%高い。今後の予想(IMF)でも日本より英国のほうが高い。英国のほうが成熟国家であると認識にしていたが、経済面はまだまだ活力がある。
 
 最近でも、保守党の44歳の若きキャメロン首相の強いリーダーシップの下、財政赤字削減を中心とした経済改革を推進しており成果を出している。

英国の最も特徴的なのは、その経済政策、特に通貨政策である。欧州にありながらも単一通貨ユーロへの通貨統合をしていない。英国はアメリカとの関係も深い。このような中、ヨーロッパとアメリカ間で独自性を保っている。通貨政策の自由度を持っておくということは、機動的に対応できるということでもある。

日本も、実は似たような状況にある国ではないかと考える。アジアとアメリカの双方に挟まれ、アジアに注力しながらも実際はアジアとの経済統合やアジア共通通貨も困難である。英国と同じような一種の「第3の道」をとるのも一案である。
 
 しかし、その前にどのような国になりたいかという「将来のビジョンと戦略」を決める必要がある。現在はそのようなものが日本にはないし、覚悟もない。

ちなみに、以前ロンドンで友人である英国の金融当局の要人と飲んだことがあった。そのとき、ユーロのデザインにエリザベス女王が入らないと決まった時に、英国はユーロへの参加をやめたともいっていた。
 
 英国人にとってみるとエリザベス女王が入っていない紙幣はおカネではないとのことである。通貨の役割には国旗のような象徴的な意味もある。意外と本当かもしれない。


(C) 2010 See-Saw Films. All rights reserved.


しゅくわ・じゅんいち
映画評論家・エコノミスト・早稲田大学非常勤講師・ボランティア公開講義「宿輪ゼミ」代表。1987年慶應義塾大学経済学部卒、富士銀行入行。シカゴなど海外勤務などを経て、98年UFJ(三和)銀行に移籍。企画部、UFJホールディングスなどに勤務。非常勤講師として、東京大学大学院、(中国)清華大大学院、上智大学、早稲田大学等で教鞭を執る。財務省・経産省・外務省等研究会委員を歴任。著書は、『ローマの休日とユーロの謎』(東洋経済新報社)、『通貨経済学入門』・『アジア金融システムの経済学』(以上、日本経済新聞出版社)他多数。公式サイト:http://www.shukuwa.jp/、Twitter:JUNICHISHUKUWA、facebook:junichishukuwa
※本稿の内容はすべて筆者個人の見解に基づくもので、所属する組織のものではありません。

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