所得と富の不平等が政情不安をもたらす ケネス・ロゴフ ハーバード大学教授

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マルクスが悲観した資本主義の未来

各国の国内の不平等が拡大した原因については十分に語られているので、ここであらためて説明する必要はないだろう。

グローバル化は極めて有能な人たちのための市場を拡大させているが、競争は一般の人々の所得を奪い取っている。国家が有能な個人や産業を確保しようと競争を展開しているため、富裕層に高い税をかけることができなくなっているのだ。富裕層が子供たちを私立学校で教育する一方、多くの国の最貧層は子供たちを学校に行かせる余裕すらなく、社会的な流動性が低下している。

19世紀にカール・マルクスは当時の不平等の趨勢を見て、「資本主義は永続的に維持することはできない」という結論に達し、最終的には労働者が立ち上がり、資本主義制度を転覆させると主張した。

キューバや北朝鮮などの左翼的な大学を除けば、現在、マルクスの主張を真剣に受け止める人はいない。彼の予言とは逆に、資本主義は1世紀以上にわたって人々の生活水準を高めた。そして、資本主義とは異なる制度を実現する試みは大失敗に終わった。

ところが、不平等が100年前と同じ水準に達したことで、現在の枠組みは脆弱さを増している。都市暴動や大衆デモが先進国を激震させ、最終的に広範な社会的、政治的改革が行われたのは、わずか40年前のことである。

確かにエジプトやチュニジアが現在直面している問題はほかの多くの国よりもはるかに根深い。腐敗と政治改革の失敗は大きな欠陥となっているし、格差問題もこれからさらに深刻化するだろう。

では、今後どのような変革が起こるのだろうか。新しい社会契約が最終的にどのような形を取るのだろうか。それを予想するのは難しいが、大半の国において、変革は平和的かつ民主的な過程をたどるだろう。

明らかなことは、不平等は単なる長期的な課題ではないということだ。それはすでに先進国と途上国の政策を制約している。現在、各国は金融危機の際に採用した積極的な景気刺激的政策からの脱却を図っているが、不平等に対する懸念から、財政金融政策を思うように変更できなくなっているのだ。

より重要なことは、不平等拡大による社会的な緊張の高まりを緩和する能力を持っているか否かが、次のグローバリゼーションの勝者と敗者を分けることになるということだ。不平等は北アフリカだけでなく、次の10年の世界の成長にとって大きな不確定要因になるだろう。

(週刊東洋経済2011年3月12日号)

※記事は週刊東洋経済執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります。

Kenneth Rogoff
1953年生まれ。80年マサチューセッツ工科大学で経済学博士号を取得。99年よりハーバード大学経済学部教授。国際金融分野の権威。2001~03年までIMFの経済担当顧問兼調査局長を務めた。チェスの天才としても名を馳せる。

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