日本人に伝えたい「チバニアン命名」の凄さの本質 「地磁気逆転」の明瞭な痕跡が命名の決め手に

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チバニアンを正確に記すと、新生代―第四紀―更新世―チバニアンとなります。第四紀は比較的寒く、「氷期(極地の他に北アメリカ北部やヨ―ロッパ北部も分厚い氷が覆った時期)」と「間氷期(比較的暖かくて極地のみが氷で覆われた時期)」が数万年周期で交互に訪れる時代です。

出所:『世界が驚く日本のすごい科学と技術』

そんな中で、チバニアンはわれわれの祖先である現生人類が生まれた時代でした。約50万年前に現生人類の近縁種であるネアンデルタ―ル人が現れ、それより少し後の30万年前に現生人類が生まれました。

ネアンデルタ―ル人は約4万年前に絶滅しますが、チバニアン時代の中ごろから終わりには、ネアンデルタ―ル人と現生人類が共に暮らしていました。チバニアンはわれわれ人類にとって、とても身近な時代なのです。

今回のGSSPおよび時代名の認定については、日本以外にイタリアの2地点が手を挙げていました。

当初、GSSPとして日本が認定されるのは難しいと考えられていました。それは新生代が始まる6600万年前からチバニアンの時代まで、GSSPはすべて地中海沿岸地域に置かれ、他の地域の地層が選ばれた例がなかったからです。つまり、この時代のGSSPは地中海に置くことが常識なので、そのまま行けばイタリアが圧倒的に有利でした。

それを覆したのは、松山基範(1884~1958)の名を冠した「松山―ブルン逆転境界」の存在でした。

現在とは逆方向の磁気を帯びる溶岩を発見

京都大学の教授であった松山基範は、兵庫県の玄武洞の溶岩が現在とは逆方向に磁気を帯びていることを発見しました。

火成岩はマグマが冷えて固まってできますが、このときに含まれていた磁鉄鉱などがその時代の磁極方向を向いて固まり、岩石全体が弱い磁石になります(これを残留磁気あるいは古地磁気といいます)。

玄武洞の火成岩に残された過去の地磁気の記録は、かつての磁極が現在と反対だった、つまり方位磁針のN極が南を指していた時代があったことを物語っていました。

松山はさらに日本各地や朝鮮半島、そして中国北東部まで出かけ、溶岩のサンプルを多数採取して調べました。すると、最近できた溶岩は現在と同じ方向に磁化していましたが、古い溶岩は逆向きでした。

さらに古い溶岩も調べた結果、地球は地磁気の逆転を何度も繰り返してきたとの推論に達しました。そして1929年に論文として「時代の変遷とともに地磁気が逆転を繰り返してきた可能性がある」ことを世界で最初に報告しました。

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