匂い立つような刑事の凄みを映し出した1冊 『張り込み日記』を読む

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100部限定表紙(roshin booksサイトより)

バトンは海を越えて日本にもたらされる。2013年になると、渡部さんのご子息が保管していたオリジナルのネガプリントをもとに再構成した写真集が、東京の写真専門の出版レーベル roshin booksから『張り込み日記』(英語タイトルは『Stakeout Diary』)として刊行されたのだ(1000部限定のセカンド・エディションがこちらで販売中。230ミリ×305ミリの大判で写真がよく映える。また写真集印刷に使用したプリント、100種100部の販売もしているよう。8×10で1枚25800円。これはかっこいい)。

そして、今回紹介するのが、この11月に刊行されたナナロク社版『張り込み日記』だ。先行の2冊と比べてみたいところだが、キリがないのでそれはひとりでやるとして、こちらは、お値段が手頃な価格帯に入ったソフトカバーで、204ページ、少し小ぶりなB5版だ。そして、1000枚からセレクトしたという写真の構成と、事件の詳述やあとがきをまとめているのが、なんと小説家の乙一さん。そしてそして、「ジャケ買い」させようという魂胆なのか、ブックデザインは、な、なんとあの祖父江慎さんだ。

どーだ、まいったか。

事件を追う刑事ふたりに、相棒を連想させられる

肝心の事件はこうだ。茨城県水戸市の湖のほとりで、切り取られた親指と鼻、陰茎が、ほどなくして対岸で、残りの遺体が、顔面を酸で焼かれ、指紋を切り刻んだ状態で見つかる。身元を隠すために犯人によって手を加えられたと推察され、遺留品の手ぬぐいのわずかな切れ端から、東京の下町、入谷の旅館が次の導線となっていく。なぜ死体の身元を隠そうとしたのか、それこそが事件の鍵を握るポイントになるのだが、それは後のお話、謎が謎を呼ぶ展開になり、いつしかひとりの男が捜査線上に浮かびあがっていく。

ただ、写真が追うのは、事件そのものというよりも、それを追う刑事ふたりと言ってよいと思う。茨城で遺体が最初に見つかったため、茨城県警から若い25歳の緑川刑事が派遣され、捜査一課の超ベテラン、向田刑事とコンビを組むことになるのだが、この新旧コンビが『相棒』か?というマッチングぴったりなバディで、ダスターコートにハンチング帽で颯爽と聞き込みを行う様子はなんとも絵になるのだった。

年上の向田刑事が座っているときに緑川刑事がくらいつくかのように立っていたり、補完しあうような立ち位置が見えてきたり、いくつかの写真にふたりの関係性が見えてくるのも面白い。

次ページ写真から伝わる男達の絆
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