米国企業の現金残高が1兆ドルに膨らんでいるが、事業拡大に向けられる可能性は低い《ムーディーズの業界分析》

拡大
縮小


 エコノミストや政治家、米国民は、これらの現金が棚卸資産や工場に投資されれば、米国経済を活性化させ、より多くの雇用を創出できると考えるが、その一方で企業は苦労して蓄えた現金保有残高を使う前に、景気の先行きや売上高の永続的な増加の兆候を見極めたいようだ。

業界によっては、需要の低迷と低い設備稼働率を受けて、新規の設備投資や人員採用に企業は慎重な姿勢を崩していない。こうして雇用も増えない「ジョブレス・リカバリー(雇用なき景気回復)」が続いている。現金保有高のほとんど、おそらく4分の1は海外拠点に保有されており、米国に還流されることはなさそうだ。

米国企業は現金残高さえあれば、いかなる状況においても安全である。企業は景気後退に対する緩衝材として現金を保有している。しかし、現金保有を続けても、利回りは1%以下となり、株主に説得するのが難しくなるため、景気が徐々に回復に向かえば、企業は自社株買いを開始するであろう。また、今後数年にわたり、余剰資金はM&Aに向けられると考えられる。低金利と企業価値の低下を背景に、企業は不採算事業の整理縮小や新規事業を模索するとみられる。

格付けの観点から、ムーディーズは企業の潤沢な現金保有を好意的に見ている。1つ目は、深刻な景気後退局面で、米国の企業セクターが耐性を示すと見られるためである。景気後退が深刻なほど、高格付けの大手企業は事業規模を適正化させ、利益の出せる体質にすることができる。2つ目に、グローバルの金融システムとキャピタルマーケットの活力に陰りが出てきた場合、現金は収益の改善を支える。

米国大手企業を対象とする現金保有残高に関するムーディーズの調査結果のポイントは以下のとおりである。
ムーディーズの格付け対象となっている米国企業の現金ならびに短期証券の残高は、2010年半ば現在で9430億ドル。08年年末の7750億ドル、09年年末の9370億ドルから増加している。
上位20社の現金残高は3460億ドル、全体の37%を占める。
現金保有企業の上位は、IT(2070億ドル)、医薬品(1240億ドル)、エネルギー(1050億ドル)、消費者商品(1010億ドル)。
大手企業が保有する現金の多くは海外にあり、米国に還流されることはなさそうだ。多国籍企業は、国内事業よりも成長の速い海外事業への投資にこの資金が必要となる。加えて、海外利益に対する課税が米国への資金の還流を阻害している。
過去12カ月間の企業の設備投資総額は5760億ドルで、現金対設備投資の比率は1.64となっている。これは07年12月と08年12月の比率1.1を上回り、過去最高となっている。米企業は、多くの場合、追加的な資本調達を行うことなしに、通常時ならびに緊急時の設備投資を賄うだけの資本を有している。

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