ユーシン、2度目の社長公募はどうなった?

後継者選びに挑んだ80歳社長

今年80歳のユーシン・田邊耕二社長。再度の社長公募に注力していたが…(撮影:今井康一)

「社長公募なんて、とっくに辞めてしまった」(ユーシン広報)。

キーセットなど自動車の電装部品を手掛けるユーシンが、今年2月から行ってきた社長の一般公募を打ち切っていたことが、東洋経済の取材で明らかになった。「社長候補求む!」と謳った新聞広告の掲載から、わずか数カ月での断念ということになる。

そもそも上場企業がトップを公募すること自体、異例中の異例。ユーシンの場合、今回が2度目の社長公募にして、2度目の失敗である。

1度目の公募は2010年。「海外展開を担う人材が社内にいないため、外部から広く集めたい」。30年以上ユーシンのトップを務めている田邊耕二会長兼社長(80)の”鶴の一声”で、新聞広告による募集を開始した。1700人以上の応募の中から元外務省キャリア官僚の八重樫永規氏を選出、2011年5月には取締役社長代行に就任させた。

書類選考の通過者なし

だが、「八重樫君は人格的にいい男だったが、商売には向かなかった」(田邊社長)。入社から半年ほどで社長に就任させる予定が、ずるずると先延ばしになり、結局、八重樫氏は取締役を辞任。ほどなく会社を去った。

2月16日の全国紙朝刊。ユーシン2度目の社長公募が始まったが…

この失敗から約2年半経った2014年2月、ユーシンは2度目の社長公募に乗り出す。

田邊社長は1度目の公募について、後に「条件設定がまずかった。自分の会社で優遇されていない人ばかり来てしまったのではないか」と分析している。そこで2度目の公募の要項には「我こそは地頭が大変いいと思われる方」と明記し、前回は3500万円と打ち出した新社長の「最低保証年収」を、1億円まで引き上げた。

 初回の公募での失敗が影響したからか、応募数は前回の10分の1ほどに減少。それでも田邊社長は、今年2月に行った当社のインタビューで「他業界からや外国人の応募もあり、すでに4人ほど内定している。前回のような失敗はしない」と手応えがあったように語っていた。

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