出発点は戦争反対と核兵器廃絶

SF作家・小松左京氏③

こまつ・さきょう 1931年大阪生まれ。SF作家。京都大学文学部卒業。経済誌記者などを経て、62年にSFプロデビュー。73年発表の『日本沈没』は400万部を超えるベストセラーに。代表作に『復活の日』『果しなき流れの果に』『首都消失』など。大阪万博や花の万博のプロデューサーも務めた。

僕がSFを書くようになった原点には、戦争、そして核兵器に対する反対の思いがあります。

第2次世界大戦の終戦のとき、僕は中学3年生でした。近眼でおっちょこちょいで、落語が好きで、戦争中は教師によく殴られていました。

思い出すのは夜の防空監視です。隣組の役回りで望楼へ上がり、敵機襲来を見張っていなければなりません。寒いし腹は減るし、惨めな気持ちになりますが、灯火管制のため驚くほど星がよく見えました。あの恒星の周りには地球みたいな星があるのではないか、そこが戦争をしていないのだったら、その子は幸せだなと思ったりしていました。

日本は欧米諸国から見れば、極東の端っこにある小さな国。それなのに、世界を向こうに回して戦争をしてしまった。自分は何でこんな国に生まれてしまったのだろうと、恨んだりもしました。

近代科学が人類文明に何をもたらしたか

当時の学校の授業はひどいものでした。軍事教練はやらされる、勤労動員はされる。しかし感心なことに、私がいた神戸一中は、英語の授業を減らしませんでした。戦後になると、軍国主義的だった教師ほど、手のひらを返すように変貌したので、精神的に少しへたばりました。

日本は原子爆弾を落とされた唯一の国です。第五福竜丸事件では、水素爆弾にも被曝しています。この事件があった1954年は僕が京都大学を卒業した年。水爆実験の記事は、就職活動中の電車の中で読みました。発作的に笑い出してしまいました。珊瑚礁の島が一つ、全部煙になってしまったという。その威力は広島に落ちた原爆の何百倍。そんなものを作り出すなんて、人類史にとって、お笑いでしかないと思ったのです。

ようやくカット描きとして就職した経済誌『アトム』では、「原子力の平和利用」が言われ始めた時期でもあり、原子力について調べ、湯川秀樹博士にも取材し、いつの間にか記事も書くようになりました。

「戦争反対と核兵器廃絶」の思いをどのように表現したらいいのか。いわゆる反戦文学では文明の問題は表現しきれない。そんなときに『SFマガジン』の創刊号に出会い、ロバート・シェクリイやアーサー・C・クラークの作品を読んで、「これだ」と思いました。SFはエンターテインメント性がある一方で、シリアスで巨大な問題を扱うための武器とテクニックになると感じたのです。

原爆・水爆を生み出した近代科学の発達が人類文明に何をもたらしたのか、その意味を問う、SFにはその役割があると思っています。

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