プロ野球を辞めた男たちを待つ「甘くない現実」 サポートが整っても肝心なのは本人の意思だ

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「球団に残るといっても、それはあくまで一時しのぎの要素もあるかもしれません。なぜなら、翌年も戦力外になった選手が球団職員として残ります。そうなると、数人は球団の仕事に就けなくなるのが必然です。ですので、歳を取る前に球団を離れ、早いうちに社会に出たほうがいいという見方もできます。もちろん、長年球団に残り仕事を全うされる方もいらっしゃいますが、稀なケースと言ってもいいかもしれません」

球団に残った先に与えられる仕事は、バッティングピッチャー、ブルペンキャッチャーといった、身につけた技術がそのまま仕事として生かされる職種に加え、用具担当、サブマネジャー、マネジャーといった選手たちの仕事を現場で支える職種もある。その他現場に関わる仕事に、スコアラー、トレーナー、広報の仕事に就く場合も、頻繁に現場を出入りすることとなる。

スカウトになれば、担当地区を飛び回りアマチュア選手をくまなくチェックし、ドラフトに備える。一般企業で言えば、採用戦略を担当する感覚だろう(その予算は、ドラフト1位を採用するだけで契約金1億円+出来高+年俸1500万円。採用にかける費用は一般企業とは一線を画す。ちなみにこれを採用費と呼ばずに、仕入原価と考えることもできる)。

「職人芸」で汎用性はほとんどなく期間も限定

人生のほぼすべての時間と情熱を注ぎ込んで手にした能力を、そのまま次の世界でも生かせることは、普通に考えれば非常に自然な流れに見える。しかし、それは将来を約束された仕事ではない。あくまで、プロ野球という特殊な世界のみで生かされる「職人芸」であり、汎用性はほとんどないうえに、使える期間も2つの意味で限られている。

早いうちに社会に出たほうがいいという見方もある(撮影:梅谷秀司)

1つ目は、バッティングピッチャーなどの特殊技能は、投げる体力が必要であるということ。50歳でも現役の打撃投手はもちろんいるが、さすがに一生できる仕事とは言いづらい。

2つ目は、後任の枠を開けなければならないこと。25歳でクビになった投手を再雇用する際、世代交代の波は裏方にも及ぶ。よって、前述の森氏の言葉がより一層深みを増すこととなる。それは、「早いうちに社会に出たほうがいいという見方もある」という言葉である。

「社会に出る際にいちばん多い悩みが、“何をやっていいかわからない”ということです。現役選手の頃は社会との接点が少なく、世の中にどのような仕事があるのかを知りません。かくいう私も、同じような悩みを持った1人です」

森氏自身も、プロ野球をクビになった1人である。1981年から阪神タイガースに在籍し、1986年に戦力外通告を受けている。高卒6年間でクビになり、当時24歳。大阪から地元の千葉県に戻り、関係各所に相談した結果、証券会社で働くことになる。最初の仕事は「場立ち」と呼ばれる、証券取引所の立会場で手サインを使って売買注文を伝達する役目だった。

「もちろん、証券のことも手サインのことも何もわからない中でのスタートです。必死に仕事を覚えて、その先に営業も経験して、10年ほど務めました」

保険の代理店の会社で独立したのち、さまざまな縁の中でプロ野球の世界へと戻ってくることとなる。プロ野球選手会、それは、当時の森氏にとって未知の仕事だった。

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