40歳超の「ひきこもり」見放す社会の強烈な歪み 80代の親が50代の子を養う「8050問題」の現実

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現在は両親も健在のため、どうにか経済的に支えることができているが、2人とも80歳を超え、体力的にも金銭的にも限界がきているという。

そこで、和義さんは、紀行さんの住む東京にある区役所に相談に訪れた。

「私どもが亡くなった後、紀行がどうやって暮らしていけばいいのか不安で仕方ありません。マンションのローンは残り少ないのでどうにか払うことができるかもしれませんが、生活費や身の回りのことなどを相談したくて、区役所に行きました」

こうしてせっかく和義さんが相談に行ったのに、窓口の担当者から「39歳以下でなければ対応できない」と断られたという。

「39歳以下でなければ対応できない、と。生活保護についても、今は私どもが支えられていて、自分名義のマンションもあるんだから、無理だと……。はっきりとは言われていませんが、現状ではどうすることもできないと、そういうことでした」

和義さんは、役所の対応に途方に暮れてしまった。

「紀行は今、ちょっと買い物に行くことなど、身の回りのこともできてはいます。ただ、私どもが死んで収入がなくなったらどうするのか……。マンションのローンをたとえ払い終わっても、固定資産税とかそういうものは払えないでしょうし……。この先どうしようと不安になって、時間ばかりが過ぎていくような気がします」

社会構造の歪みが原因

紀行さんのように制度の狭間に取り残され、途方にくれている家族は全国にたくさんいる。

そもそも「ひきこもり」は長い間、不登校の延長のような捉え方をされており、「親のしつけ」や「甘え」「若者特有の心理」を発端とする問題だと言われてきた。そのため行政がひきこもり支援の対象としてきたのが「15~39歳」だったのだ。

だが、これまでも述べてきたように、人は何歳からでもひきこもり状態になりうる。そして筆者は、これまで、数多くのひきこもる当事者たちの声を聞くにつれ、ひきこもりという行為は、個人や家族に要因や責任があるのではなく、「社会構造の歪み」が生み出している問題だと考えるようになった。

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1度レールから外れると、なかなか元には戻れず、何をするにしても、入り口に立ちはだかるのは、履歴書の経歴という障壁だ。

雇用環境も大きく変化し、コスト競争などが激しくなって、非正規や派遣の数も増大。サービス残業などの超過勤務も強いられる。そのうえ、日本には「自己責任」という考え方が根付いていて、「社会に迷惑をかけてはいけない」「他人に迷惑をかけてまで生きていてはいけない」といった自己を犠牲にすることが美徳とされるような社会的風潮や価値観が蔓延している──。

そんな個人の尊重されない歪んだ社会で働いたり、生活の軸を置いたりしてしまえば、自分自身が壊れてしまう。そうした危機感から、自分を守るための防衛反応として、ひきこもらざるをえない選択をさせられている人が実に多いのだ。

「ひきこもり」という言葉が世間に浸透していった当時からそんな現状があったにもかかわらず、多くの人が制度の狭間に取り残されて、なんの支援にもつなげることができなかった。その結果として、まますます孤立し、ひきこもりが長期化したのである。それが今「8050問題」として社会に顕在化してきたのである。

池上 正樹 ジャーナリスト

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いけがみ まさき / Masaki Ikegami

1962年生まれ。通信社などを経てフリーに。著書に『大人のひきこもり』(講談社現代新書)など。

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